俺には歳の離れた兄貴がいる。兄貴は山や自然が好きで、休日は近所の山をウロウロしていることが多い。去年の秋頃、いつまで経っても仕事から帰らないと思ってたら、その山に行っていたらしい。スーツ姿で…orz
「何がそんなに良いんだ?」と聞くと「気になるなら来てみろ」と言われた。で、一週間くらい前に山へ連れて行ってもらった。しばらく山を歩き続けると、後ろから誰かが歩いて来る足音が聞こえた。振り向いても誰もいない。気のせいだと思って前を見ると、兄貴がこっちを見ていた。
「誰もいなかっただろ?」ニヤ
「え、うん」
再び歩き始めると、また後ろから足音が聞こえてくる。兄貴は歩きながら石を拾い始め、振り向きざまに投げまくった。ひゅん、ガサ、ひゅん、ガサ、ひゅんひゅん、ガサガサ。石を投げる音と転がる音が続いた後、茫然としていた俺の前でそれは起こった。ひゅん、べちん! …ガサ、ガサガサガサガサガサ!!何か柔らかいモノに当たったような音と、凄まじい勢いで逃げ去る足音。
「真似するなよ? 俺はココに気に入られてるから出来るんだ」
兄貴は高校生だった頃、一日だけ行方不明になったことがあった。なんでも、その山に遊びに行った折、滑って転んで捻挫したそうだ。携帯は圏外。季節は晩秋。夜はシャレにならない。で、下手に動いて体力使うのも嫌だったので、そのままボケーとしてたそうだ。「誰か通るだろ。山歩きの爺様とか、ウォーキングする婆様とか…」その期待は見事に裏切られ、あっというまに夕暮れに。兄貴は絶望した。ふと顔を上げると、少し離れたところで女がコチラを見ていることに気付いた。紅葉みたいな色をした着物を着た女だったそうだが、その時は別に気にしなかったらしい。「あ! すみません! 誰か呼んでもらえませんか! 足を怪我したんです!」すると、女は兄貴に寄り添うように腰掛け、怪我したところを撫でてくれた。「…あのー、誰か呼んで来てもらえませんか?」女はそのまま兄貴の足を撫で続ける。
そのまま一晩が過ぎ、翌昼に犬の散歩をしていたオッサンに発見された。発見されるまでずっと眠っていたらしい。女の姿は消えていた。「寒さや痛さは感じなかった。寄り添っていてもらったおかげか、温かくて眠くなった」兄貴はその女の人を探したらしいが、長い間見付けられなかった。それで山をウロウロし続けたそうだ。「山で会ったから、山で会えるはずだ」って。ようやく会えたらしいが、どうやら相手は人間じゃなかったらしい。「人の行ける場所じゃないような所に立っていた。着物を少しも着崩さずに断崖を登れると思うか?きっと、あの人は神様か何かなんだろう」今でも山に足しげく通うのは「呼ばれたような気がするから」らしい。