知り合いの話。彼の田舎の峠道には、鬼の腰掛けと呼ばれている石があるのだという。昔、そこらの山には鬼がいて、峠を行き交う人を獲って喰らっていた。獲物が通りかかるのを、その石に腰掛けて待っていたという伝承話だ。
数年前、帰郷していた彼は夜中にそこを通り過ぎようとした。真っ暗な山の中、月明かりで道だけが白々と浮かび上がっている。
ギョッとした。
まだかなり距離はあったが、鬼の腰掛けに大きな黒い人影が腰を下ろしているのが見えたのだ。明かりも何も点けないままで。こちらに気がついているのかいないのか、何も目立った反応はない。鬼など信じてはいなかったが、まず近寄りたくはなかった。結局、引き返して麓の道を遠回りして帰ったそうだ。