同級生の話。彼は学生時代にフィールドワークをしていた山里で、何度か奇妙な体験をしたのだという。
朝一で雪野原に踏み込むと、外れの方にゴム長靴が一足落ちていた。誰かが揃えて置いたかのように、きちんと上を向いて立っている。そのまま気にも留めず、雪上で作業に取り掛かった。しばらく経ってから手を休め、大きく伸びをしながら辺りを見回す。
「あ?」
どこかおかしい。記憶にある景色と何かが違う。
「あ!」
・・・足跡だ。一体いつ刻まれたのか、彼のいる反対側、まだ誰も足を踏み入れていない筈の雪面に、足跡が一列残されていた。野原を半分くらい横切った辺りで、足跡は途切れている。丁度そこに、先ほど見かけた黒い長靴があった。ポツンと半ば雪に埋もれて。
不意に幻視に襲われた。空っぽの長靴だけが、必死に雪野原を横切ろうとしている、そんな光景。頭を大きく振って、その想像を打ち消した。その日はまだまだその野原ですることが沢山あったのだ。おかしな絵を連想してしまうと、どうにも落ち着かなくなる。全力をあげて無視することにした。
すべての作業が終わる頃、もう一度だけ件の方向を眺めやった。いつの間にか足跡は森の中へ続いており、あの長靴はもうどこにも見当たらなかった。