友人の中村は、6年前の9月初め、都内で同窓会をやった。中村は酒が苦手で一滴も飲めないが、アルコールが入らなくてもお調子者になれるので、楽しい一時を過ごし、終電に乗って気持ちよく帰ってきた。電車から降りると、めまいがした。自転車で駅まで来ていたが、はしゃぎ過ぎたと思いながら、自転車を押して歩いて帰ることにした。改札を出た時から辺りに人はいなかった。タクシーさえとまっていない。夜の町を貸し切ったようで嬉しかったという。深夜ともなるとシャッターは全店閉まっている田舎の駅前商店街。コンビニも商店街から一キロ程歩かないとない。人気はないが街灯は結構あり、明るかった。そこを抜けた時、赤信号で待っていると後ろに気配を感じた。
(あぁ、人、来ちゃったかぁ…。)
貸し切りタイム終了に少しがっかりしながら、青信号になった横断歩道を渡る。後ろにいた人が歩き出す気配がしないので、横断歩道半ばで軽く振り返った。信号待ちしていた場所に、裸というか全身ピンクで、毛のないチンパンジーみたいなものが立っていた。驚いた中村は逃げるように歩道の向こうに走り終え、やっと気付いた。信号待ちしていたのに、車やバイクさえ走っていない異様さに。嫌いな奴でも誰でもいいから現れて!と、近くの民家に走ると、中村の手がグッと後ろから掴まれた。追いかけてきた!と思い、腰を抜かして目を瞑るしかできなかった。すると手が離される。何かが中村の膝に乗った気がした。反射的に目を開け、それを見る。
先程の毛のないチンパンジーが、しゃがんで顎を中村の膝に乗っけていた。蹴り飛ばしたかったが、不思議なことにその気が抜けた。不気味な鶏ササミのような体をしたチンパンジーなのに、目を合わせていると何故か愛しいような気持ちになった。そのまま眠りに落ちた中村は病院で目覚めた。逃げ込もうとした民家の室内犬がずっと吠えていたらしく、そこの家人が発見して救急車や警察を呼んでくれたらしい。中村は下半身から血を流して倒れていたそうだ。本人も気づいていなかったようだが、妊娠していたらしく、診察してみると血が結構出ていたらしいが、胎児はまだ生きているという。胎児の父親はわかっていて、期待は持てそうになかったが、堕胎を選ばず、シングルマザーになることを迷わなかった。
「そのチンパンジーみたいなやつのオチは?」
そう聞くと中村は言った。
「きっとあれよっ!赤ちゃんの神様じゃない?入院とか色々大変だったけど、無事に産まれたし、うちの子風邪もひかないし~。」
正体なんてわからない。聞いた側は不気味な絵面しか思い浮かばないけれど、それを見た中村が言うのだから、もしかしたら神様だったのかもしれない。