先輩の話。学生時代、他校の者と一緒にキャンプした時のことだ。テントから出ようとすると、自分の山靴がなぜか二足ある。訝しく思いながらも、手近の一足を引きよせ履いてみた。湿った泥に足を突っ込んだような、奇妙な感覚。突然痛みが襲ってきた。爪先を齧られているかのような激痛だ。のた打ち回る先輩の様に皆が慌て、とりあえず押さえ込んで靴を脱がせた。分厚い靴下に血が滲んでいる。
それも脱がせてみると、小さな歯型が沢山、足の皮膚に刻まれていた。薬を付けているうち、肝心の靴のことを思い出す。探してみたが既にキャンプ場のどこにも、脱がせた筈の靴は見当たらない。
「そういえば、この山にクツムシという虫が出ると聞いたことがある。どんな虫かは知らないが、あれがそうだったのかもな」
引率の教師が一人、そんなことを言っていたそうだ。