【遭難に】テントの中で水が流れる音がした【気をつけろ】

古い、カビ臭い屋根型テントの中、これといってやることもなく過ごしていた。時間を持て余していたわけではない。特に何もせず、ぼんやりできる贅沢を堪能していた。同行している知人も同じだ。その山で育った彼は、目を閉じ、山そのものに浸っている。狭いテントの中、二人別々に、心地よい孤独に浸っていた。

水音。ちょろちょろと流れる音が聞こえる。外を流れる川からは、せせらぎというには騒々し過ぎる水音が響いているが、それとは違う。テントの中だ。見回し、這い回り、耳を澄ます。目と耳が支柱を捉えた。アルミ製の支柱が、二本でテントを支えているが、音がするのは、入り口に立てられた方だ。

高さにして中ほどあたりだろうか。そこから水音が漏れてくる。支柱に耳を当て、地面と接する所まで降ろすと、そこから下、深い穴へ水が流れ込む音がしている。手が出た。支柱をつかみ、持ち上げようとした。
「やめろ」
知人の声が聞こえた時には、支柱は数ミリ持ち上がっていた。中空の支柱からは、水滴ひとつ落ちてこない。支柱を元に戻し、耳を当てた。何の音もしない。振り返ると、知人は薄笑いしている。
「明日は水無しだぞ」
訳が分からない。

翌朝、ザックの中にあったはずの、水を入れたポリタンクがテントの外、蓋を開けられ、転がっていた。拾い上げると、ほんのわずかな水が残るだけだ。川の水は、飲めないと知っていた。
「湧き水は無いぞ」
仕度をしながら、知人が告げた。水無しで一日。彼はそれを受け入れていた。
「仕方ないよ、お前が水止めちまったんだ」

飲み物くらい、何とかならないのか。降りれば、自販機だってある。
「今回は、無理だろうな」
自販機は売り切れか故障か、何かの作業中だろうと言う。

遭難には気をつけろと、何度も言われた。今回は、水が手に入らないから。

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