私は一度だけ、運命を変えた事があります。
それは中学生の時でした。当時私は古いアパートに住んでいて、両親は共働きで、二人とも朝がとても早く、まず父が明け方に出かけ、それから少しして母も続き、学校に行く私が一番遅い外出をする、という感じでした。なので母からは常に、火の元だけはきちんとしておくようにと言い聞かされていました。
にも関わらずある日、朝食後、ガス栓を開けたまま学校に出てしまい、帰ってきた時にはアパートは火の海でした。私達の家族は皆無事でしたが、別の部屋では死者も出たような惨状で、父は呆然、母は泣き崩れていました。私は後悔してもしきれず、これからどうすれば良いんだろう、これからどうなるんだろうと絶望のどん底にいました。そして一先ず、祖父の家に泊まりました。
その日の夜中、泣き腫らした目が痛くて目覚めると、枕元にボヤッと青く光る何かがありました。私は本当に無意識に、それに触りました・・・。そしてほんの数回瞬きした瞬間、あのアパートの部屋(リビング)に私はいたのです。!?と思い、1~2分ぐらいその場で固まっていましたが、ふと玄関を見たとき驚愕しました。私がいる。玄関に、靴紐を結んだままの姿勢で固まったままの私がいたのです。
恐る恐る近付き、触ってみましたが石のように固く、人間の感触のそれとはまるで違うものでした。そこで初めて周りがおかしい事に気付きました。景色の『色』が何だか薄いのです。全くの無色、白黒、という訳ではありませんでしたが、昭和の写真のように全てが色褪せたような景色でした。
私は後退りしながら、ひとつの考えを抱いていました。まさか・・・とは思いましたが、ガス栓の所に行くと、やはり閉まっていませんでした。そして、それを見つけた途端、猛烈な頭痛に襲われました。堪らず頭を押さえつつも、私は自分があの瞬間に戻っている事を確信しました。あれを閉めなければ。早く。早く。私はキッチンのふちに手をかけ、何とか立ち上がろうとしました・・・。
結論から言うと、私は高校生の終わりまであのアパートまで暮らしました。アパートが爆発し火災になった事実はなく、平穏な暮らしを続けられました。あの日の朝目覚めると、祖父の家には顔だし程度に一泊していた事になっていて、私は唖然としながらも、こんな事など誰にも説明できず、でも『助かった』『よかった』という、よく分からないモヤモヤを抱えて暫く過ごす事になりました。
何がきっかけで、あの過去、あの瞬間に戻れたのかは分かりません。ただ、自分の記憶には確かに、焼け焦げたアパートの残骸、泣く母親、あの絶望感が未だに残っています。