田舎のばーちゃんに聞いた昔話。ある若い娘が、知り合い数人で山に山菜を取りに行ったんだそうだ。昼飯を食っているときに、その娘がちょっと用を足してくるとしげみに入ったままいくら待っても帰ってこない。皆で大声で娘を呼んでも返事はない。これは何かあったのかと探してみたが、そこにいた数人だけでは埒があかない。あわてて村に戻り助けを呼んだ。そして村中の人間で山に入り娘を探したんだけど、その日は結局見つからなかったそうだ。
しかし、次の日娘は見つかった。沢の淵に気を失って倒れているところを発見されたそうだ。幸い怪我一つなかったけれど、娘は前日の記憶が全くなかった。おそらく山の斜面から落ち頭でもうったのだろう。しかし無事に戻ってきてくれて良かった、と娘の両親や村の人たちも大喜びだった。
しかし、しばたらくたってから娘の体に異変が現れた。腹がどんどんふくらんできて、どうやら妊娠しているらしい。両親が娘に問い質しても、「知らない。子どもができるようなことは絶対にしていない。」と泣きじゃくるばかりだったそうだ。それならば、これはきっとあの山で行方不明になったときにできた子なのだろう。娘が気を失っている間、誰かがいたずらしたに違いない。しかし両親にしてみれば、誰の種か分からないような子どもを娘に産ませるわけにはいかない。堕ろさせようと、当時流産剤だと考えられていた水銀を娘に飲ませたそうだ。
水銀を飲むと、娘は倒れてもがき苦しみだした。そしてそのまま昏睡状態になりしばらく生死を彷徨った後、とうとう息をひきとってしまったそうだ。冷たくなった娘の枕もとで両親が泣き伏していると、ムリ…ムリ…と肉を裂くような嫌な音がする。何事かと布団をめくってみると、娘の胎内から見たこともないような生き物が這い出しているところだった。
目は黒目だけで、鼻は削がれたかのように凹凸がなく穴があいているだけ。口は耳まで裂けていて、指先からは尖った真っ黒な爪が生え、そして全身に真っ赤な短い毛を生やしていた。驚いた両親が助けを呼ぶと、村の人たちが駆けつけてきた。その中にいた物知りじーさんみたいな人が、「これはエンコだ。お前の娘はあの日エンコに魅入られてその子をはらまされたんだ。エンコの子を生かしておくわけにはいかない。早く殺してしまえ」と。
そのエンコの子は、「マオー、マオー」と鳥のような声で鳴きながらベタベタと床を這いずり回っていた。村人たちは怖気づきながらも、そのじーさんの言われた通りその生き物を皆で突き殺したそうだ。エンコの子はなかなか死ななかったが、なんとか息の根をとめることができた。その日のうちに、娘とその生き物の亡骸は一緒に川に流したそうだ。