子供の頃、家の周りの山を駆け回って遊んでいた。女の子の癖に直線距離で山手線の半分はあろうかと云う距離を尾根伝いで歩いていた。電話局の基地局のある山頂に上れば、三角州の向かいにあるテレビ塔のある山から雲が流れるのが見え、もうじき雨が降るとわかる。岩のごつごつした山の山頂に登れば眼下に美しい海が広がる。
ある日トンネルの上の登山口の公園で友人と遊んでいた。段々日が傾き、野犬が降りてくるといけないので帰ろうかと自転車の方へ歩いていると女の人が犬を連れていた。それも崖の方に向かってだ。その先には道はないはず。
眺めていたら岩に体が隠れて見えなくなったので心配して見に行くと、姿はない。その日を境に時たまその崖の方向に散歩する大人が出没するようになった。決して同一人物でもなく、服装も現代的だ。
そのような人物が出ると決まってその崖の方から生臭い匂いがする。最初は向かいに見える海側の山中にある焼き場の匂いだろうと思っていたが、消える人の出現と相成って恐怖を覚え、まるで野犬に追われているかのように友人と全速力で自転車をこいで逃げた。数年後新聞記事で、その山はあの「黒い雨」が降った場所だと知った。