【恐怖体験】生霊になった元彼女の話

3年ほど前のある日、目の前の女性に「あなたに生き霊が憑いてるわよ」と言われました。それを聞いて僕は思わず、笑ってしまいました。それより1週間ほど前、友人(Y)から電話がありました。
「知り合いに霊能力を持っている人がいるんだけど会ってみる?お前、そういうのに興味があっただろ。」
聞いてみると、Yの姉の友達にそういう人がいるとのことでした。Yもその人とは昔からの知り合いで、たまに家へ遊びに行っているとのこと。霊能者(A)と僕とYのスケジュールを調整し、実際に会ったのが話を聞いた1週間後だったのです。

Aに僕を見てもらい、彼女が口にしたのが冒頭の「生き霊が…。」の言葉でした。正直その時は(ははぁ、Yとグルになってビビらせようとしてんな)と思いました。生きた人間の霊が憑いている、なんて突飛なコトに思えたのです。だから恐いとは思わず、面白がっていました。「で、その生き霊はどんな感じの人なの?…」と訊く僕の顔はニヤニヤしてたでしょう。彼女はそういう態度には慣れているのか、気にする様子もなく、生き霊の特徴を語り始めました。

女性
若い
多分20才前後
髪は長い
一重まぶた
首に小さいけど痣がある
それを聞いた時、イヤな汗がドッと出ました。その女のコト、知っている…。

その女のことをYは知りません。。と言うことはAも知らないはずです。
「…その女のこと、知ってるよ。半年くらい前に振った女だと思う」
僕の声はかすれていました。その女(S)とは身体の関係から始まりました。知り合ったその日に僕がホテルに誘ったのです。そしてホテルを出る前に、Sから「付き合って欲しい」と言われました。当時、恋人はいなかったので軽い気持ちでOKしました。

しかし2週間ほどした頃に僕の気が変わり、一方的に振ったのです。別れを告げた時、Sは泣いていました。が、僕は彼女に優しい言葉をかけるわけでもなく、そのまま立ち去りました。分かれた原因はSにもあったので「自業自得だ。」くらいにしか思っていませんでした。その後、彼女からも一切の連絡もなく、僕のことなどとっくに忘れているだろう、と思っていたのです。僕は身勝手で非道い男でした。

ポツリ、ポツリ、とその経緯をAに語ったところ対処法を教えてくれました。
「夜寝る前に心の中でその女性に心から詫びなさい。それから枕元に塩を置くこと。そんなにタチが悪い感じでもないから、それで大丈夫だと思うよ。取り憑いてるコはあなたのコトを強く思っているだけで、生き霊になっている自覚はないから。」
Aの家を出、Yとも別れてから実家の近所にあるコンビニへ寄りました。もう夜も遅くスーパーも閉まっていたので、コンビニで塩を買おうと思ったのです。袋入りの塩と、夜食用のポテトチップス、飲み物を持ってレジに並びました。

Aの家を出たら、生き霊のことはさほど気にならなくなっていました。今までこの3ヶ月、何か悪いことが起こったわけでもなし。Aの家に行くまでは僕に生き霊が憑いてるなんて知らなかったし。悪寒がするわけでもない、頭痛も肩こりもない。Aも「タチは悪くない」と言っていたし。そのうち、消えてくれるだろう…。

「久しぶりだね。」
ふいに聞いたことのある声が後からしました。長い髪、一重まぶた。首の小さな痣は服の襟に隠れています。店内の少し離れたところにSがいました。何気なく振り返った僕は、頭が真っ白になりました。
どうしよう…どうしよう…

「それ、誰と食べるの?」
Sは離れたところに立ったまま、明るい表情で訊いてきました。
「え…?」
「それ、誰と食べるのよ?」
Sは笑顔で買い物かごのポテトチップスと1.5Lのペットボトルを見ています。
「一人でだよ。」
なんとか平静を装い、答えました。
「ふ~ん。彼女とじゃなくて?怪しいな~」
そう言いながらも、こちらへ近づいて来ようとはしません。顔は笑っています。
「一人でだよ。」
もう一度言いました。僕も笑顔を作りました。今度は彼女はなにも言いません。笑顔で立っているだけ。レジが僕の番になりました。彼女から視線をそらすきっかけができてホッとしました。支払いをし、コンビニから出る前に店内を振り向きました。先ほどと同じ場所にSが立っていました。笑顔でこちらを見ています。
「じゃ、元気でな」
それだけ言うと僕は彼女の返事も聞かず、コンビニを出ました。

その夜は霊能力者のAに教わったとおりにして寝ました。次の日、仕事が終わった僕は恋人と会うことにしました。2ヶ月くらい前から付き合っている女性がいたのです。彼女(C)は一人暮らしをしていたので、彼女の部屋に泊まろうと思ったのです。一人で寝るのが恐かったのでしょう。彼女の携帯電話に連絡し、Cを訪ねると部屋からは料理の匂いがしていました。そして僕を出迎えたCは、この前、彼女の誕生日に僕がプレゼントしたプラチナの指輪をしていました。Cの手料理を食べ、楽しくおしゃべりをしていると、余計にSのコトがチラチラと頭に浮かびましたが、彼女にはそのことは話せませんでした。

食事が終わり、キッチンでCが食器を洗っている間、僕はTVを観ていました。すると突然、キッチンからCの「キャッ!」という短い悲鳴が聞こえたのです。
「どうした?」
ゴキブリか鼠でも出たか?と思い、Cのそばへ行ってみると、彼女は手のひらに乗っている金属を僕に見せました。僕が彼女にあげたプラチナの指輪でした。それが握り潰したようにひしゃげています。
「洗い物をするとき、大事な指輪に傷が付いちゃいけないと思って…。」
彼女はキッチンの横にある洗濯機を指さしました。洗濯機の上にタオルがあり、その上に指輪を置いて食器を片づけていたようです。
「洗い物が終わって指輪を見たら、こんなになってたの。どうしてなんだろ?せっかくくれたのにゴメンなさい…。」
Cが壊したのではないことはすぐに判りました。Cの力では到底こんな風に変形させることはできないでしょう。それに大事にしてくれていた彼女が、指輪を壊す理由も思い付きません。

(Sの生き霊だ…)
自然とそう思いました。その時、電話の呼び出し音が鳴りました。僕の携帯電話の音です。二人とも突然の音にビクッとしました。
「ちょっと待ってて。」
Cに告げて電話を取りに行きました。液晶の表示は…非通知です。予感がし、一呼吸を置いてから携帯電話のボタンを押しました。
「もしもし…」
やはりSの声です。声は笑顔で話しているような、明るい調子。
「あ、も…」
もしもし、と言いかけたら、そのままの明るい声で
「嘘つき。」
「え…?」
僕が聞き返すと
「嘘つき。」
もう一度、電話の声が言いました。

携帯電話を耳に当てたまま、部屋のカーテンを開け、窓を開けました。2FにあるCの部屋から見下ろすと、コーポの前の道路に女性が立っていました。部屋の真下くらいで、街灯に照らされたその姿はよく見えます。Cの部屋を、僕を、見上げています。まず気づいたのはショートカットの髪でした。そして襟のない服。首の痣。昨夜と同じ笑顔…。髪を切ったSでした。街灯の下でSの唇が動きました。

「彼女はいないって言ったじゃない…。」
携帯電話からSの声が聞こえます。僕は身動きが取れないまま、声にならないまま、考えるだけしかできませんでした。
(昨夜は本当に一人だったんだ。)
「私のことはあんなに傷つけたくせに…。」
(すまなかった。知らなかったんだ。許してくれ!許してくれ!許してくれ!許してくれ!許してくれ!許して…。)
「どうしたの?」
Cの声がしたと同時に、街灯の下のS姿が消えました。なんの前触れもなく、突然。

僕の様子がおかしいので、気になったのでしょう。Cが僕のそばに立っていました。窓とカーテンを閉めると、僕は座り込みました。脚に力が入りません。Cも僕の様子を見て不安そうです。僕はCにSのコトを全て話しました。Cは最後まで黙って話を聞いてくれました。枕の下に塩を置き、寝る前に心の中でSに謝りました。

翌朝、とりあえず仕事へ行くことにしました。いつもと同じ生活をしないと不安だったのだと思います。Cに気を付けるように注意し、車で職場に向かいました。その日もCの部屋へ泊まることにしました。夜は何事もなく、朝を迎えました。昨日と同じように車で職場に向かっていると、ワイパーにゴミが付いているのが見えます。意識せず、ゴミを落とそうとワイパーを動かしたところで、それが何か気づきました。人間の髪の毛が何十本も、ワイパーにからみついているです。僕は叫び声を上げました。車を運転しながら、叫びながら、泣いていました。

その後の2週間ほどは色々ありました。Cの部屋に無言電話がかかってきたり、僕の携帯電話にも非通知で着信が何度もありました。でもその程度で、あの夜ほどの恐ろしいことは起こらなかったのです。それも2週間ほどしたころにはパタッと止まり、僕は安心と不安とを感じていました。なぜ突然、Sは僕を解放したのでしょう?

この3年間、ずっと不思議に思っていましたが、先日、たまたま寄った実家近くのスーパーで疑問は解けました。その親子連れを見かけた時、反射的に隠れました。Sが2~3才くらいの男の子と手をつないでいます。その横にはSの夫と思われる男性がいました。
(そうか、好きな人が出来てたんだな…。)
僕はSの幸せそうな様子に心から喜びを感じました。そしてCから取ってくるように頼まれていたサラダ油を棚から取ると、Cと1才になる愛娘のところへ走っていきました。

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