知り合いの話。彼の実家の山村に、歌う橋があったのだという。夜中にそこを通りがかると、橋の下から軽やかな歌声が聞こえてくるのだと。彼自身はよくある怪談だと思っていて、まったく信じていなかった。
しかしある夜、彼も実際に歌声を聞いてしまった。澄んだ女性の声が微かに聞こえてくる。不思議なことに少しも怖くない。橋の下を覗いてみたが誰も居ない。
「坊やはどこかな? 坊やはどこ行った?」
そういう呼び掛けを延々と、調子よく繰り返している。変わった歌だなと思ったが別に害がある訳でもなく、橋を後にした。その後も何度か、その歌を耳にしたという。
社会人になり村役場に就職した彼は、村の昔話を本にする仕事を手掛けた。その時初めて、件の橋を造る際に人柱が使われたという話を知った。人柱は女性だったらしいが、詳しい素性は伝わっていない。・・・おそらく坊やが居たんだろうな。そう思った。
現在その付近には護岸工事が成されて、橋も新しく架け替えられた。コンクリート製の新しい橋は、歌わなくなったと聞かされている。