山の入口で白い着物の女の子を見た人が消える村

これは僕が子供の頃に死んだじいちゃんから聞いた話。僕が住んでいる地域はある地方の県で、さらに市街からも離れた田舎の港町です。じいちゃんの家があるのは、その港町からさらに船で10分程の、さらに田舎の島です。そこにばあちゃんと2人で住んでいました。

子供の頃、じいちゃんが健在だった頃は、よく兄と2人で遊びに行っていました。小学生の低学年の頃。その時も、兄と2人でじいちゃんの家に泊まりにきていました。ばあちゃんの作った晩御飯を食べ、四人でまったりしている時に兄が言いました。
「じいちゃん何か面白い話して!」
ドが付くほどの田舎の島なので、娯楽などほとんどなく、僕達兄弟の楽しみといえば、もっぱらじいちゃんの昔話を聞くことでした。じいちゃんもそれに笑顔で頷き、「よしよし」と言って語り始めるのが常でした。
「お前ら怖いもんはあるか?」
いきなりのじいちゃんの質問に、兄と僕は目を合わせ少し考えて、兄は「幽霊!」、僕は「ない!」と答えました。
「おぉ、なら一つ怖い話をしてやる」
じいちゃんの話の中でも怖い話は特に面白く、僕達兄弟が目を輝かせながらせかすと、じいちゃんは笑顔から突如真剣な顔になり話し始めました。以下じいちゃんの話。

じいちゃんが子供の頃、島は今よりももっと田舎でな、子供の遊びといえば、海で泳いだり山を探検したり、一日中汗だくになって遊んどった。田舎の島だからな、子供の数も多くはない。島の子供ほとんど全員が、一緒に遊ぶのが当たり前だった。じいちゃんがお前達くらいの時か、その日はみんなで山に探検に行っとった。お前達が知っとる末吉じいさんもおってな、一日中走り回って遊んで、夕方山から下った。下り終えて、ふと振り返り山道の入り口の方を見ると、子供の中で一番下の幸四郎がまだそこに立っとった。

「どうした?早よ帰るぞ!」
声をかけるとすぐに後を付いて来た。それぞれが自分の家の方に帰りだして、末吉とワシとその幸四郎てーのが一緒に帰りよったら、幸四郎がいきなり「さっき女の子のおった」て言い出してな。
ワシは何の事かさっぱりで、末吉も「何が?」て聞いたら、「山の入り口に白い着物の女の子のおった!」て。ワシも末吉も島の子供は全員知っとるし、島の女の子はその日みんな来とったしな、白い着物なんて誰もおらんかった事は確かで、ワシも末吉も「見間違いや!」て気にせず解散して家に帰った。

家に帰って疲れて寝とったら、いきなり母ちゃんに叩きおこされてな、「あんた!幸四郎君の帰ってきとらんてよ!何か知らんね!」てまくし立てられた。「家の近くまでは一緒に帰ったけど、その後は知らん」て言うたら、その後は何も聞かれんで、どうせすぐ見つかるなと思ってその日は寝た。

でも、次の日になっても幸四郎は見つからんでな。山に行った日に家には帰っとらんらしく、そっから行方がわからんくなった。最後に一緒やったワシと末吉は、大人から色々聞かれたが、ワシらも何も知らん。結局行方不明て事になったが、大人達は口々に「神隠しにあった」て言いよってな。その頃は島もかなり閉鎖的でな、島で起きた事は警察なんかには届けんし、自分達で解決するのが当たり前やった。そん時動いたのも、いわゆる自警団みたいなもんで、結局、幸四郎は見つからずで、ワシら子供も、幸四郎は神隠しにあったて変に納得してな。1ヶ月くらいでみんなが気にせんようになった。

それからも変わらず遊んどったが、ある時また山に行った帰りに、「白い着物の女の子ば見た」て子供のおってな。ワシと末吉もすっかり忘れとった事やった。その事はみんなには話しとらんし、子供達の中で幸四郎と最後までおったんは、ワシと末吉やった。つまりその事は、ワシと末吉しか知らんかったはずやからな、幸四郎が言いよった事は本当なんやとワシは思った。末吉もその時少し怖くなったらしい。幸四郎の事はお互い何も言わんでな。

それから何日かたって、女の子を見たて男の子がまた神隠しにあった。ワシと末吉は本当に恐ろしくなって、その事を末吉の親に話した。末吉の親はワシらの言うことを信じてくれてな、親同士で話し合って、子供達は山に近づいたらいかんて事の決まって、しばらくして山の入り口に、バリケードのように柵が作られた。

バリケードが出来てから、ワシらはあの山道には近づかんようになったが、その年の内にまた同じ事が起こった。白い着物の女の子ば見たて男の子の、また神隠しにあった。その男の子は「白い着物の女の子、前にオレも見たよ!」と親に話したらしい。それからしばらくはその子の親も警戒し、遊びに出さなかったが、何も起こらないからと、遊びにやったら帰ってこなかったらしい。

いよいよ本当に恐ろしくなった大人達も、警察に頼もうかと話し合いを始めた。その話し合いは、ちょうど島の中心にある末吉の家であってな、ワシと末吉は盗み聞きしとった。すると、大人の内の一人が、
「ちょっと、気になる事があるんやが・・・あいつの仕業やないんか?」と言ったらしい。

大人達の話し合いで、島の中央の方に住んでいる文三と言うじいさんが言い出したらしい。
「これはあいつの仕業だ・・・」
あいつと言うのは、島で三十年程前に亡くなった一人の少女の事らしい。その少女は山に遊びに行って他の子供達と遊んでいる時に、他の子供とはぐれて行方不明になり、大人達の捜索も虚しく、数日後に山の入り口付近で死体で発見された。
「その子が寂しいからと、他の子を引っ張っとるんやないか?」
「そうだとしたら、警察に頼んでも意味はない、頼むなら拝み屋や」
文三じいさんの言葉に、何名かの大人は納得したらしい。しかしそこで、その女の子の遺族にあたる人達が「あの子がそんな事するかい!」と激しく怒り、反論した。末吉じいさんの父親にあたる人も、「警察に頼むのは行方不明の子達の捜索だ!拝み屋に捜索が出来るかい!」と怒り気味で言ったらしい。文三じいさんと数名の大人は、最後まで反論していたらしいが、島の区長みたいな人にあたる末吉じいさん父親の言葉で、渋々納得したらしい。

元々島に駐在員はいない為、本土の方から警察が来て、行方不明者の捜索が始まった。捜索が始まると、まず聞き込みが始まり、じいちゃんと末吉じいさんも色々と聞かれたらしい。白い着物の女の子の事も一応話したらしいが、「それはいいよ」と言われたそうだ。捜索が始まっても行方不明者は見つからず、じいちゃん達は半ば諦めており、あの女の子を見たせいで神隠しにあったんだと、心から信じ始めたらしい。

そんな時、末吉じいさんがやっちまったらしい。白い着物の女の子をばっちり見てしまった。場所は例のバリケード付近。「オレ、見ちまったよ」と、震えながらじいちゃんだけに打ち明けてきた。ある時、用事であの山道の入り口の前を通る事があり、恐ろしくはあったが、バリケードがあるから大丈夫だろう・・・と思い通っていた。見ないようにしていたが、気になってチラッと見てしまった。すると、バリケードの真ん中あたりが壊されており、山道がしっかり見えていた。警察が捜索の為に、山に入った時に壊したらしかった。末吉じいさんはその時に、白い着物の女の子を見てしまったらしい。「誰かに相談したとか?」とじいちゃんが聞くと、「怖くて言いきらん。誰にも言わんでくれ」と言われた。じいちゃんは大人に言おうと何度も説得したが、末吉じいさんはそれを頑なに拒否したらしい。それから2人で話し合い、末吉じいさんはしばらくじいちゃんの家に泊まると言う事で解決したらしい。

末吉じいさんが泊まりに来て、何日かたっても何も起きず、末吉じいさんは「女の子から気付かれんやったからやないか?」じいちゃんに話したらしい。「オレが思うに、女の子を見たら神隠しにあうのではなく、女の子から見られたら神隠しにあうんやないか?」それが子供ながらに、末吉じいさんが出した結論らしい。2人で話し合い、結局その結論でまとまり、「やっぱりこの事は誰にも言われん。女の子にばれるかもしれん」と、絶対に誰にも話さなかったらしい。

それから数日がたち、事件は解決する。神隠しにあっていた子供達の遺体が見つかったのだ。遺体が見つかったのは、末吉じいさんの家の真裏にあたる、康文ジジィの家からだった。康文ジジィと言っても、年は四十程の中年男。しかし、見た目がかなり老けている事から、子供達からは康文ジジィと呼ばれていた。康文ジジィは年老いた母親と二人暮らしで、一年中同じ黄ばんだランニングシャツをきており、いつも家の二回の窓から、道を歩く人をニヤニヤと見ていたらしい。大人達は言わないが、子供達の中ではいわばキチガイとして扱われていたらしい。その男の家から、神隠しにあっていた子供達の遺体。さらには康文の母親の遺体も見つかった。

事件の内容はこうだ。康文ジジィはその昔、山で行方不明になった女の子が唯一の友達だったらしい。その女の子が亡くなり、友達がいなくなった康文ジジィは酷く落ち込み、家に閉じこもるようになったらしい。もともと知的障害があったらしいが、それからさらに異常な行動が目立つようになった。一日中外を見てニヤニヤしている。部屋に閉じこもり、ほとんど風呂にも入らず、夜中眠る様子もなく外を眺めていたそうだ。かと思うと、突然ふらっといなくなり、何日か帰ってこない事もあった。山の入り口で見たと言う人もいれば、他人の家を覗いていたと言う人もおり、大人達は、子供達が康文ジジィに近づかないように注意していた。

康文ジジィは、どこかで白い着物の女の子を見た子供がいると聞いたらしく、その女の子が昔の友達の女の子だと思ったらしい。自分の前には現れてくれないのにと激高し、その女の子を取られると思い、子供達をさらっては殺していたらしい。その事を母親から注意された為に、母親をも殺した。

さらに康文ジジィは、文三じいさんの甥っ子にあたる。子供の遺体を見つけた康文ジジィの母親が、文三じいさんに相談したことから、親戚ぐるみでの隠蔽に至ったらしい。田舎の閉鎖的な島だからこそ、島の中での世間体はなによりも大事にされており、何か問題を起こせば「あそこの一族は」と差別を受ける事もあったらしく、親戚数人で話し合い決めた事だった。結局、真相を知っていた親戚の一人が罪の意識に耐えきれなくなり、全てを警察に話した事から解決に至ったらしい。その後、康文ジジィは逮捕され、文三じいさんも島から姿を消したらしい。被害者の家族達と、さらには、犯人扱いされた三十年前に亡くなった女の子の遺族達からも、文三じいさんの一族は酷く忌み嫌われた。そこまでが、じいちゃんの怖い話だった。

「どうや?怖かったろ?」
ニヤリと笑い問い掛けるじいちゃん。もっと子供向けの、もっと軽い話を想像していた俺と兄は、じいちゃんにそう聞かれてもなかなか反応出来なかった。するとじいちゃんはこう続けた。
「この話には幽霊も出てくるし、末吉が見たと言う以上、そういうもんは確かにおるんだろう。 しかし、この話で本当に怖いのは、幽霊なんかじゃない。
 狂った奴は確かにおるし、ごく普通の人間も、自分の為にならどこまでもやる。
 ・・・末吉の結論は間違っていたわけだが、結局その間違いで生き延びたわけだ」
「うん・・・!」
自分達がよく知っている島で起こった事件に、それ以上言葉がでない俺達兄弟に、じいちゃんは続ける。
「最後に・・・もう一回聞いとくか。
 お前ら・・・怖いもんはあるか?」
兄「康文と親戚の人達!」
俺「じいちゃん!」
そう答えると、じいちゃんは目を細めてニヤリと笑った。

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