ロープウェイなど普段なら使わない俺だが、時には高みから谷間や峰を見下ろしたい気分になる。時季はずれということもあり、ロープウェイには俺の他に、夫婦らしい男女が二人乗っているだけだった。晴れてはいたが一部に雲があり、行程の半ばあたりまで来た頃、その雲の中にいた。一番景色がよさそうな場所で雲にぶつかるとは、ついてない。やれやれと息をつき、ザックのポケットから携行食の小さなチョコレートを出し、口に放り込んだ。
やがてロープウェイのプラットフォーム。係員が扉を開け、同乗の二人連れが席を立った。
「しばらくご一緒しませんか。」
山ではよくあることなので、同意し、立ち上がった。彼らが降り、俺も続こうとしてふと気づいた。着くのが、早すぎる。
「すいません、この先で降りますから」
係員に声をかけ、先に降りた二人連れにもそれを告げた。
「そうですか、ではお気をつけて」
係員が無言で扉を閉めた。俺一人がロープウェイに残り、そのまま進んだ。
振り返ったそこに、プラットフォームなど、無論ありはしない。大きく息をつき、静かに手を合わせた。上まで行ったら、小さなケルンを二つ作ろう。そう思った。