ある男が一人で山に登っていた。するとどうしたことか、途中で靴紐がプツッリと切れてしまった。今までこのようなことはなかったのでおかしいと思いながらも修繕してまた歩き出すと、今度は反対側の靴紐が切れた。
やれやれ、またか。と思って近くの木によりかかって直していたら、いきなり後ろから強い力で両肩をつかまれた。かと思うと「ギャッ!」と叫び声がして、つかんだ相手がとびすさる気配がした。おそろしくて男がそのまま固まっているとまたもや後方から、しわがれた声で何者達かが会話が聞こえてきた。
「どうした」
「しくじった。」
「二回までも鼻緒を切ってやったというのに。」
「相手が悪い。ソンショウダラニを持っている。」
「それは残念。」
そこまで言うと、背後の気配はサッと消え、後に残るは呆然とした男のみ。
昔、父の知り合いが家に遊びにきたときに怖い話をねだったら、この話を教えてくれました。ソンショウダラニというのは、お経の一種だそうです。男がお守りとして持ち歩いていたということでしょうか。なんとも不可解な山の話です。