知り合いの話。彼は学生時代にオフロードバイクを趣味にしていたという。よく一人で山中の林道を走っていたそうだ。ある夜、バイクの横でシュラフに包まっている時のことだ。
ふと目を覚ました彼は、すぐそばに小柄な影が立っているのに気が付いた。身を硬くする彼に、それは奇妙な抑揚をつけて話しかけてきた。
「望みを言え。お前の大事なものと交換してやろう。」
大手の企業に就職が決まっていた彼は、しばらく考えてから答えた。会社で大出世をさせてくれ。代わりに俺の子どもを差し出そう。承諾の返答が聞こえると、影はすうっと消え去った。彼は身を起こして、くすくす笑ったという。おかしな夢だと思っていたし、何といってもその時、彼はまだ独身だったのだ。当然子どもなどいるはずもなかった。
数年後、彼は二十代の若さで課長に抜擢された。その企業では異例の大出世で、陰口も色々と叩かれたという。彼自身の頑張りももちろんあったのだが、ライバルたちがことごとく病気や事故で脱落してしまったせいだった。呪いという言葉まで囁かれたのだそうだ。元来勝ち気な彼は気にもせず、ますます仕事に邁進した。会社の創業者の孫を嫁にもらい、向かうところ敵なし順風満帆だった。
それからしばらくして、彼は影との取り引きを思い出すことになる。彼の妻が流産してしまったのだ。あれは夢だったはずだ、何かの偶然だ。そう思ったが、妻はそれから続けて二回流産をくり返した。検診では母子ともに健康だったといい、医師にも理由が分からないと言われた。憔悴しきった妻には、とても約束のことは話せなかった。彼は恐怖に襲われ、あの林に一人で出向いたらしい。しかし彼の前に影は現れなかった。必死で林に向かってひざまずき、あの願いを忘れてくれと頼んだという。現在、彼の妻は四回目の妊娠をしていた。
忘れてくれと彼が訴えてからしばらくして、彼の担当していたプロジェクトが失敗して大赤字を出してしまい、責任を問われた。結局、創業者一族のどろどろとした争いに巻き込まれた形となり、地方の支店へ左遷になってしまったとか。 肩書きは上がったが、負け組み確定になったようで。奇妙な流産だったようで、精神的な面以外には母体に悪い影響はなかったと医者に言われたんだとか。まるで何かに腹の中の子どもをさらわれたように思えたとも・・・。