東京都F市に引越した当日、友人のMが歩いて20分ほどの所に住んでいると聞いていたので、たずねてみる事にした。
「多摩川沿いをずっと来ればオレのオンボロアパートがあるよ」
そうMが言ったので、自分はみやげのビール片手に散歩の感覚で出発。時刻はすでに午後23時を回っていた。しばらく川沿いを歩いたが、結構曲がりくねっていて「これ遠回りじゃないか」と考えた自分は、川の横にあった採石場を突き抜けていく事にした。
砂漠の様な無人の採石場を月が煌々と照らしていて、なかなか幻想的。しかし、行けども行けども採石場が続く。小高い丘や森も見えてきた。時間は20分どころか、いつのまにか50分ほど経過していた。「変な方向に進んじゃったかな…」と不安になった矢先、遠くからシャアー、シャアーという音。「何の音かな?」と耳を澄ますと、だんだんと近づいて来る。シャアー。シャアー。シャアー。やがて、前方から自転車が来ているのだとわかる。
「ちょうど良かった、道をきこう」
この採石場の会社の人で、怒られるかもしれないけど、迷子よりはましだ。そう思い、近づく自転車を待っていると、何かおかしい事に気付く。妙なのだ。自転車には紫色の着物を着た女性が乗っている。
「なんでこんな採石場にあんな人が?」
顔に前髪がかかっていて(…というよりも、芸子さんの髪を上げてるスタイルが前後逆になっていて、顔に髪のかたまりが乗っかっている感じ)表情が見えない。声を掛けようか掛けまいか、ためらっている内にその女性はもの凄いスピードで自分の横を走り抜けていった。
「一体何だ?」と思い、ふと振り返った瞬間、全身に鳥肌。女は蛇行してから、大きな弧を描いて、今走って来た方向に戻って行ったのだった。まるで特に行く先もなく、いたずらにこの採石場で自転車を乗り回してるかの様に見えた。怖くなった自分は全力疾走して、何とかその採石場をぬけ出た。Mの部屋に着いた時には夜中の1時近くになっていた。