床下から出てきた桐の箱

自分からしたら洒落にならないくらい怖い事があった。3年くらい前だったか、実家が老朽化したから、解体した時に業者から「なんか、床下から出てきたんですが・・・」と、筒状の箱を渡された。

その晩、家族で、なんだろうね?って箱を調べる事になったんだが奇怪という言葉がお似合いな箱で、円の直径は13センチ長さは22センチ、桐で作られていてメガネケースの様だった。

箱には和紙が貼られていて

「シジマノカミ」

と書かれていた。
しじま?なんだろう・・・というかこの箱どうやって開けるんだ?その箱がまったく不可解なのは蓋(フタ)らしきものがどうすれば開くのか解らない事。
だが蝶番(ちょうつがい)の金具らしきものはあるのだ。家族で20分くらい話してたら妹が、「これ、ただの溝なんじゃない?」
と言った。全員が、え?っと思って箱の溝に定規を通して見ると、確かに4ミリほどで引っかかる。蓋だとおもった隙間はフェイクの溝だったのだ。
家族全員、開かないわけだ。と諦めちゃって、その晩はそれまでにした。




翌日オレは、箱を調べるため、大学で民俗学とかを研究しているAという友達の家まで持ち寄った。Aは箱に興味身心で、手に取ってちょっと見ると、「これさ、蝶番ばらしていい?」って聞いてきた。オレは了承すると、机から工具を取り出してガチャガチャばらし始めたんだが、片方の蝶番が外れると、穴が開いていた。1ミリの小さい穴が。オレは「なんだそれ」ってAに聞くと、Aは「たぶん、これが本物の蓋だよ」とドヤ顔で言う。
Aはもう片方の蝶番も外すと、穴に細い六角棒レンチを押しこんだ。そしたら、カコって乾いた軽い音がして、箱が開いた。
どういう仕組みで開いたのかはちょっと説明しにくいんだが、それよりも驚いたのは中身だった。赤い木綿布(きめんぷ)が入っていて、何かが包まれているようだった。
オレとAが恐る恐る開けてみると、包まれていたのは鏡張りの長方形の箱。「また箱か。」とオレが言うとAは青ざめていた。
「これただの箱じゃねえわ。」と呟いて手を震わせながら続けた。「これ・・・棺(ひつぎ)だよ。」
え!?棺?どういう事だよ?とオレが言う間もなくAは、「どうする?開けるか?」
と聞いてきた。オレは開けたらやばいんじゃないか、ひょっとして呪われちまうのか?という怖さと、ここまできたら見ない訳にはいかない、という好奇心ですこしたじろいだ。

「・・・・あけよう。」とオレが言うと、少しの間沈黙が続いて、「わかった。」とAが言った。

異様な雰囲気の中、小さな棺を開ける・・・すると大量の髪の毛らしきものが入っていた。箱に書いてあったシジマノ神ってのは「シジマ」という人の髪という事だろうか。だったらなんでこんな厳重にしてあるんだろうか?色んな事を語り合ったが、どれも憶測を出る事はなかった。
「ちょっと調べるからこれ、預かっていいか?」とAが神妙に言ってきた。オレは快諾してその日は帰った。それからしばらくして、Aから電話があった。「これちょっとヤバいのかもしんねぇわ。」オレはそれからAが話す事を固唾(かたず)を飲んで聞く。

Aが言うには、シジマノカミとはシジマという人の髪ではなくシジマの神という事らしい。シジマとはネットで調べれば出てくるが、口を閉じて黙ってるという意味。つまり口を開かぬ神。
そんな神がいるのか、いたらどこで祭られているのか、箱が発見されたのは四国だが、四国の歴史を調べてもなかなかシジマノ神などというモノは出てこないらしい。オレは口を閉じて黙っているという響きに、容易に開かない箱を連想させた。

Aが話を続ける。「オレ一人ではちょっとお手上げだわ。明日、知り合いの神社の神主さんに見てもらうように頼んだから、お前も付いてきてくれ」と頼まれる。ここまで来たんだ行くしかない。

翌日、Aと共にAの知り合いの神社へ向かった。神主さんは箱を見ると顔を渋らせて、「うーん・・・こりゃあ・・」と呟く。
これなんだかわかりませんか?とオレが恐る恐る尋ねると、神主さんは、「いやぁ・・・ワシはわからんけんど・・こりゃあ、封印されとるがぁやな。」と、土佐弁で話し始めた。

「この箱はな、たぶん物部(ものべ)の陰陽師のもんやないやろうか。ワシの仮説やけど、この中に入っちょったがは妖怪の類で人間やない。なんでおんしの家にあったかは解らん。けんど、おんしゃあらは悪いもんの封印を解いたのかもしれん。」

Aが「どうしたらいいんですか?」と、神主さんに詰め寄ると、「知らん」と一蹴された。そして、「気は進まんが、ワシが預かっちゃろう。なんか分かったら知らせる。」と言い、箱は神主さんに保管されることとなった。

数日してからAに連絡が届く事になる。Aからの話によると、シジマノカミはその昔、土佐の山にいた化物で、巨大な貝に毛が生えた容姿だったそうだ。
台風の時期になると暴れ出すため、当時の物部村(ものべそん)に伝わる陰陽道「いざなぎ流」に封印されたそうだ。
それがどうして実家にあったのか、その経緯は分からない。あれから数年たつが、オレとAに何も悪い事は起っていない。神主さんは続けてこう言ったそうだ。
「シジマノ神は山の奥深くに帰ったと思う。この変わり果てた現代で、なにか悪さをするとも到底思えないが・・・」
あの箱は今でも神主さんが管理している。

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