7月下旬に出張で山形に行った時の事。
駅前でレンタカーを借りて、ぐるぐるとお客さんの所を周ってさ、その日最後の約束先との商談を終えて、車を返す為に市内に向かって山道を走っていた。
商談の途中から雨が降り始めていてさ、帰る頃には叩きつけるようなゲリラ豪雨の状態。
お客さんからは「気ぃつけてな」って言われて、山道でこの天気だし、車の返却時間まではまだ時間的に余裕があったから、「まぁ、のんびり行くか」って、結構ノロノロとしたスピードで走ってた訳ね。
山道はギリギリで車がすれ違える位の道幅でさ、しばらくすれ違う車もないまま、ラッキー♪って思いながらゆっくり車を走らせていたんだけど、お客さんの所を出てから15分くらい経ったのかな。
車の屋根を叩く雨音が一層酷くなってきて、フロントガラスも全力でワイパー動かさないと前が見えない状態。
雨のせいで視界もかなり悪い中、細い山道をグネグネと曲がりながら、うわぁ…危ねぇなぁ…とか思いながら、慎重に運転してたんだ。
ふと前方に、オレンジっていうより柿色っていうのかな?…派手な色が見えて、ノロノロスピードでそれに近づいて行くと、道のど真ん中に傘が開いて置いてある。
見える範囲で周りに人の姿なんてなかったから、誰だよ、んなとこに傘捨てた奴って思いながら、仕方なく車を止めたんだけどさ。
車を止めると同時に、道路に置いてある傘がふわっと浮かび上がった。
当然、一瞬びびっちゃって、何??って思ってよく見ると、
柿色の傘を持った人影があってさ…傘と同じような色の服を来た小さな人影が。
開いた傘の正面が俺の方に向いていたせいで、子供が傘の陰になっているのが見えなかったのかったんだ…って「ホッ」としてさ。
それで、車が突然止まったから気づいてくれたんだな~って、その子がどいてくれるのを待ってた訳ね。
雨の中で細い山道を走っていたのと、傘の件があったというのも含めてさ、緊張をほぐす為に、「ふぅ」って息を吐いて姿勢変えたんだけど、道の真ん中にある傘がどいてくれる気配が全くない。
朝の早い時間から新幹線に乗って山形まで来て、車でお客さん周りをした後で流石に疲れていたから、どいてくれない子供に対してイラっってきてさ。
軽くクラクションを鳴らそうかと思って手を動かそうとしたら、「しばらく待つのが良いだろう」…って、女性の声が聞こえて来た。
車の中には当然俺一人しかいないし、車の外から聞こえてきた感じもしない。
それどころか、激しい雨の音のせいで、外からの音なんてまともに聞こえる状態じゃない。
クラクションを叩こうとした手を浮かせたまま、前方の柿色の傘を持った人影を凝視。
それでよくよく考えたら、この辺りに民家なんてないのよ。
しかも、物凄く激しい雨で視界が悪くて、前方にいる人影はぼんやりとしか見えないのに、柿色の傘だけは浮かび上がるようにくっきりと見えている。
夕方でこの雨とはいえ、外は比較的明るかったんだけど、
怖くて怖くて何も考えられなくなって、思考も体も完全に固まってしまってさ。
そしたら、「しばらく待つのが良いだろう」…って、もう一度女性の声がしたんだ。
何でかは知らないけど、二回目の声を聞いてからスーッと緊張と恐怖感がなくなって、待てって言うんだから待った方がいいんだろうなぁ…って思っちゃってさ。
少し後にバックして、車を道の端に移動させて、ハザードランプをつけたのね。
車を道の端に寄せて前方を見ると、さっきと変わらずに、柿色の傘を持った人影が道の真ん中に立っている。
一服するかぁ…って、煙草を吸おうかと思って懐を探ったんだけど、…子供?が見てるし…なぁ…と思い直して、懐に入れた手を取り出そうとした時に、ふと助手席に置いてある物に目がとまった。
助手席あったのは、来る時に上野駅で買った『ひなの焼き』の袋。
『ひなの焼き』っていうのは、銘菓ひよ子のお店が上野駅限定で販売している大判焼きでさ、白餡と黒餡の二種類の大判焼きに、ひよ子の焼印がしてあるだけの物なんだけどね。
来る途中の新幹線で食べようと思って、白・黒一つづつを買ったんだけど、山形に到着するまで爆睡しちゃって、そのまま車に置きっぱなしにしてたんだ。
助手席に置いてある『ひなの焼き』の袋を開けて中を嗅いでみたら、別に変な臭いもしていない。
おっ♪いけるじゃん、と思いながら、煙草を吸う替わりに、水気でしなっとした『ひなの焼き』を食べようとして、ふと…正面を見ると、柿色の傘の人影がいなくなっている。
「えっ?」と驚いて周りをキョロキョロと見ると、助手席側の窓の外に柿色の傘が見えた。
後から考えたら、道の端に車を寄せたせいで、人が立つスペースなんてないはずだし、どうやって移動したんだ?って思うんだけど、その時は別に不思議に思わなくてさこの傘って和傘なんだ、傘しか見えないな…さっきも雨で姿はまともに見えなかったけど、
とか、くだらない事を思ってた。
何か…見られてるのに、一人で食べるのもなぁ…と思って、持っていた『ひなの焼き』の袋を助手席に置いて、「食べます?」って助手席の窓に向かって声を掛けたんだ。
返事なんて期待してなかったし、自分が取り出した『ひなの焼き』にかぶりついたら、「いただこう」って女性の声。
行儀が悪いんだけど、口の中で『ひなの焼き』をもごもごさせならが「どうぞ」って応えて、あ~黒餡だったかぁとか思いながら、ペットボトルのお茶を流し込んだんだ。
そうしたら、「ほぅ…甘いのぉ…」って嬉しそうな女の子の声。
へっ?と思って助手席の方を見るけど、袋は助手席に置いてあるし、窓の外にも変わらず柿色の傘が見える。
「………」
車と道路を打つ雨音だけが響いてる中、喜んでもらえているなららいいか…って思って、フロントガラスを叩く雨粒を眺めながら、チラチラと助手席の方を窺ってたのね。
時間にしたら1~2分だと思うんだけど、「そろそろ良いだろう……馳走になった」って女性の声がした。
助手席の方を見ると、さっきまで窓の外にあった柿色の傘が見えなくなっている。
念の為に車の周辺を見渡してみるけど、傘も人影もない。
助手席に置いてある『ひなの焼き』の袋の中を確認すると、中には『ひなの焼き(白餡)』が一つ。
煙草を取り出して火を点け、紫煙を吐き出して、「行くか」と慎重に車を動かそうとすると、
久しぶりの対向車が、ノロノロとしたスピードで山道を上がってくる。
じーっと対向車が通り過ぎていくのを確認して、ゆっくりを車を発進させた。
その後は、何かあるのかな?と用心しながら運転していたけど、何事もなく山を降りる事が出来、車も無事に返すことが出来た。
袋の中に残っていた『ひなの焼き』は、車を返した後に食べてみたけど、ほとんど味らしい味がしなくて、パサパサとした感じになっていた。
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仏壇に供えておいて味が薄くなると、ご先祖さんが喜んだのだろうという話と似てるね
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きかん気の子と温かく見守るお母さんかな?
ママ友に認定されてたりしない?