「風を操る」家系

家の女系は風を呼べる。自分でも胡散臭い話だと思うので、今まで一度も誰にも話したことはない。蒸し暑かった空気の入れ替えをしたいときに、風を呼んだりする程度。小さい頃はよく使えたが、今ではまったくなんの力もない。と言うのも、この力は母から娘に伝わるものらしく、祖母はそれこそ自由自在と言った感じでしたが、祖母の子は息子ばかり。祖母の姉妹たちも、女の子には恵まれませんでした。祖母がこの話をしてくれたときは聞き入ったものですが、その祖母も今年他界してしまいました。祖母の「○○(私の名前)ちゃんだけは幸せになってほしい」という言葉が忘れられません。

風を呼ぶ力は昔からあったようで、祖母の家系は江戸や平安の頃から重宝されていたようです。ただ、風が吹いたからといって、作物が実ったり富が築かれたりするわけではないので、崇められるようなことはなかったそうです。 また、力が強ければ強いほど美くしく、時の権力者の側女として不自由のない暮らしをしていました。かく言う祖母も若い頃の写真も晩年も大変きれいな人で、気立てもやさしく求婚者が絶えなかったそうです。(祖母の葬儀の時に聞きましたが、求婚者には将校や華族などもいたそうです) ただ、祖母には思い人(銀行員だった祖父)がいて、すべて断ってしまったそうです。当時のことですから、恋愛結婚なんてとんでもなく、(祖母の家は大地主だったからなおさら)親には反対もされたのでしょうが、たぶん不憫に思われたのでしょう、結婚は許されました。この力には黒い一面があるのです。

祖母の家系は皆、不可解な亡くなり方をしていたそうです。ある日から衰弱しはじめ、一月を待たずに元の面影を残さずやつれ果ててなくなるのです。祖母もそうでした。祖母は町医者にかかっていたのに、ガンで亡くなりました。臓器の外側にガンができ、通常の15倍もの速さで進行していき、なすすべもなく…医者も首を傾げていました。こっちも死なせてやりたくなるほど苦しんでいました。ただ、祖母は苦しいとか、そんなことは一言も言いませんでした。ただ、あまりにも苦しそうな最後でした。

祖母は「みんなそんな風に死んでいくんだ」ということも私に話していました。だからその理由がガンだと言うことも、通常では信じられないくらい進行が速いということも、 そんなことよりずっとずっと、変わり果てた祖母の姿は私には恐ろしく見えました。そして、祖母の葬儀の日。小春日和、気持ちいい風が不意に強く吹いて、祖母の骨を舞上げました。あぁ送っているんだと思いました。よくわからないけどそれは確信できました。

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