私が失踪している間のこと

神隠しっぽいものにあったことがある。小学校1年の、夏休みのことだ。

実家はいわゆる過疎地にあって、地域には同い年の子が数人しかいなかった。その日は遊べる友達がいなかったので、私は一人で外をフラフラしていた。「大人の目のない場所には行くな」とか、「一人で山に入るな」とか言われていたが、どうせ平気だろうと高をくくり、忠告を無視して林道に入った。

そうしたら、見たこともない可愛いお姉ちゃんに会った。7歳の子の認識するお姉ちゃんだから、たぶん小学校高学年か中学生くらいだと思う。お姉ちゃんは私と遊んでくれることになり、「年上の私が一緒だから大丈夫」と言って、私を山に誘った。ささやかな冒険心からか、私はホイホイついていってしまった。

山で私とお姉ちゃんは鬼ごっこを始めた。お姉ちゃんが鬼だった。最初は楽しく追いかけっこしていたのだが、たまたま廃屋を見つけたので、お姉ちゃんをまいて隠れることにした。すると、お姉ちゃんの様子が変わった。お姉ちゃんは優しげだが、どことなくヒステリックな声で私を呼びはじめた。まいた場所から廃屋まではそれなりに離れていたはずだが、それでも聞こえるほどの大声だった。

やがてガラスが割られる音などがして、お姉ちゃんが廃屋の中を探し始めたことが分かった。ふすまを蹴るような音もした。どう考えても尋常ではない怒りかただった。ちなみに私は、簡単にカラの押し入れに隠れていただけなのだが、どういうわけかお姉ちゃんは、私を見つけられないようだった。

お姉ちゃんは廃屋の中を歩き回りながら、「出てきて、ここでおままごとしよう」とか、「それとも、このお家にお姉ちゃんとお泊まりする?」などと言っていた。そのうちお姉ちゃんは狂ったように、「出てこい」とか「出せ」とか「助けて」とか、わめきはじめた。私は怖くて、押し入れの中で小さくなっていた。

その後どうなったのか覚えていないが、いつのまにか私は、男の人と明け方の竹林を歩いていて、いろいろと説教を聞かされていた。「大人が物事を禁止するのには理由がある」とか、「子供が一人で出歩くのはよくない」とか。その人は私を舗装された道路まで送ると、「あとは自分で帰れ」と言って、どこかに行ってしまった。そこは地元から峠ひとつ越えたところにある、母の実家のすぐ側だった。

玄関の戸を叩くと祖母が現れ、その場で私を抱きしめて大泣きしだした。とりあえず私は風呂に入れられ、その間に両親と父方の祖父母が呼ばれていた。失踪中のことを話しても、両親にはあまり信じてもらえなかった。ただ祖父母たちは、お姉ちゃんと遊ぶことになった経緯を聞いて顔色を変えた。きっと何か知っていたのだろうが、詳しいことは未だに聞けないままだ。

後日、私が失踪した日に、近所の山で山火事が起こっていたことを知らされた。焼けた範囲内に、全焼はしなかったが廃屋が一軒あったらしいことも。消防のおじさんたちも私の失踪を知っていたので、消火後真っ先に廃屋を調べたが、中には誰もいなかったそうだ。

祖父母たちの強いすすめで、父実家(林道の近く)から母実家に引っ越して今に至る。あの朝、男の人と歩いていたのは、どうやら母実家の近所の竹林だったようだ。そこには小さな古いお社があり、火の神様が祭られているらしい。

補足します。
・お姉ちゃんと会ったのは、8月某日の昼前。たぶん10~11時くらいだと思う。
押し入れにはかなりの長時間隠れていた。少なくとも、引き戸の隙間から差し込む光が、昼間の陽の色から夕日の色に変わるまでは。祖母宅に着いたのは、翌々日未明。つまり、丸2日近く私は行方不明で、その間に近所の山中も捜索されたが発見されず。警察には通報されていない。

・山火事は私が出かけてから、いくらも経たない間に発生したらしい。かなりの規模で、私が帰ってきた日の夜に、ようやく消火作業が終了したとのこと。消防のおじさんはファイヤーマンではなく地元の自警団員なので、少々危険だったが真っ先に廃屋を調べてくれた。廃屋は割と燃えはじめた場所の近くにあったそうだ。火元はよくわからなかったそうだが、登山者のタバコの火、ということになっている。

・大学生時代、「心霊スポット行こうぜ」という友人と一緒に「焼け落ちた廃墟」に入ったことがある。火災にあった割にはあまり煤けていない押し入れがあり、引き戸に◎みたいなマークが墨だかマジックだかで描かれていた。どう見ても私が隠れたところです。友人がそれを開けようと試みたが、ピクリともしなかった。開かないんじゃなくて、まるで作りもののように「動かない」。霊の類は出なかったが、それが気味悪くて早々に引き上げた。

・私は峠の向こうに引っ越したわけだが、田舎の過疎地なので校区は変わらない。学校で友人や先輩に「お姉ちゃん」について尋ねたことがあるが、隠しているふうではなく本当に誰も知らないようだった。田舎の狭いコミュニティでは、どの家にどんな子がいるかなんて隠しようがないし、ひとりで外をブラブラしている子供がいたら、すぐに大人が保護する。だから、誰も「お姉ちゃん」を知らないのは不思議としか言いようがない。

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