あの世からの書き込み

すいません、ちょっと失礼します。このスレのことは、大学の友人の洋子(仮名)から教えてもらいました。っていうか、オカルト板を見るのは今これがはじめてです。 そしてたぶん、というか絶対、これで最後でもあります。ほんとうはこのスレだけには関わりたくなかったんですけど、このカキコだけしておかなくちゃと思ったんです。ここを見てる人たちのために。信じてもらえないかもしれませんけど、黙っているのはやっぱりよくないんじゃないかと思いましたから。

そもそも、わたしが2ちゃんねるを見るようになったのも、洋子の影響です。彼女に「面白いから見てみなよ」と、何度も勧められるまでは、2ちゃんねるは、ひどい荒らしと下品なカキコばかりの掲示板と思っていました。いろんな事件もありましたし。でも、実際に見てみると、わたしのよく行く少女漫画板なんかはとっても楽しくて、「なんだ、こんなことなら偏見をもたずに、もっと早く見ればよかった」と思いました。

でも、この前の金曜日。夕方おそくに洋子から電話がかかってきて、いきなり『2ちゃんねるは、もうやめたほうがいいよ』と言うんです。あんなに面白がって勧めていたのは自分なのに。なぜかと不思議に思って聞くと、逆に聞き返されました。『あなたはいつもどの板のどのスレ見てる?』って。
わたしが、「少女漫画板のスレいくつかと、邦楽板、純愛板とか」と答えると、なぜか小さくため息をついて、『本当にそれだけ?なら、よかった。もしもってことがあるし、責任感じてたから』と。責任とか何とか、それはどういうことかと聞くと『とにかく、2ちゃんねるはもうやめたほうがいい』と言うばかり。それからごちゃごちゃ話をして、『電話じゃなんだから』と、洋子がこのアパートに来ることになったんです。

わたしは実家の祖母が倒れたというのでしばらく帰省していて、洋子と顔を会わせるのは十日ぶりくらいでした。ドアの前に立っている彼女は、なんかすごく雰囲気が違います。普段はうるさいくらい明るい子なのに、妙に深刻な顔つきなんです。目のしたにうっすらクマができて、ひどい風邪でもひいたあとって感じ。とにかく、わたしは彼女を部屋にあげ、コーヒーを出して、二人でこたつに足を突っ込みながら、向かい合って座りました。洋子は黙ってコーヒーを半分くらい飲むと、「ネットって怖いよ」とぽつりとつぶやき、顔をこわばらせたまま話し始めたんです。

洋子の高校時代からの友達で、恵美(仮名)という子がいたんですが、これが『見える人』なんだそうです。洋子から話は聞いていたけれど、わたしは普段あまりつきあいないし、そんなの信じてなかったし、どうせちょっとブサイクだからって人の気をひくために、そんなこと言ってるだけじゃないかと思ってました。実際に、洋子が恵美といても不思議な体験をしたことはなかったみたいだし。一回だけ恵美がわたしのアパートに来たこともあるんですが、人の部屋に入るなりきょろきょろあちこち見て、「うん、大丈夫」とか小声でつぶやいてて、変な子だと思ったのを覚えてます。

とにかく、その恵美が、一週間ほど前に洋子の部屋に来て泊まったとき、一緒に2ちゃんねる見てカキコしてたそうなんです。独身男性板とかでネナベやって煽ったりして、げらげら笑ったりして。夜中の二時近くになって、もう寝ようかとしてたとき、 恵美が洋子のブックマークのひとつを見て、「何これ?」ってクリックしたんです。洋子は一瞬、ヤバイと思ったみたいです。それはオカルト板のスレだったんで、恵美がまた霊感少女ぶってウザくなるから。案の定、恵美の様子が変わって、マジに眉をひそめて「なに~~~これ。こんなの見ちゃ駄目だよ~~。いつも言ってるでしょ、こういう話は、面白半分で読んだりするだけでも良くないんだよ。このスレ、ブックマークから削除しなよ」

洋子はオカルト好きだけど、しょせん真剣には信じてないんで、そういう恵美の態度が鼻につくんです。それに、その時は勝手にブックマーク削除されそうになって、ちょっとむかついて「こんなの、どうせみんなネタだし、雰囲気つくって遊んでるだけだからいいじゃん」って言ったんです。そしたら、恵美がモニターのスレッドをじっと見て、スクロールさせながら「ううん、違うよ。これほんとヤバイ・・・」って言うんです。ネタとか作った話ばかりに見えるけど、本物もあるって。

ほんとに霊体験した人がカキコしてんのかって洋子が聞くと「うん・・・・それもある。それはまだいいんだけど・・・」って、恵美が独特の暗い声出して、「この世の人がカキコしたんじゃないのもある。それがヤバイんだよ・・・」と言ったのです。「うそ。じゃあ、どれがネタで、どれがその『あの世の人からのカキコ』か恵美にはわかるの?」って、洋子は聞きました。

恵美はずーっとスレを見ていって、このレスはネタ、これもネタ、これは実体験ぽい、これはネタ・・・ってやりだしたんです。洋子は正直、また出たよ自称霊感少女が、と心の中で思ったんだけれど、恵美があまりにも真剣にモニター睨んでるんで、ちょっとそれ自体が異様な感じで怖かったそうです。そして、画面をスクロールしてた恵美が、いきなりあるレスを指差して、
「これは・・・これ書いた人、人間じゃないよ・・・」

それは、見てみるとすごく短い文章で、恐怖体験をつづったものでした。
「これが?」
洋子はちょっと拍子抜けしたみたいです。べつに、それが自分が今まで読んだ話のなかでも、飛び抜けて怖いとか、そんなふうに思わなかったので。むしろ、読み流してたというか、読んだことも忘れてたくらいでした。よくあるパターンで、夜中に金縛りにあい、目を開けたらそこに髪の長い女の人が立ってた、という話です。なんか一気にばからしくなって、洋子はそのままパソコンをスリープさせて、もう遅いから寝ようと布団にもぐりこんだんです。恵美はまだそのときは普通だったそうです。

明かりを消して眠りに落ちてから、まもなく洋子は妙な物音で目覚めました。となりの布団で恵美が後ろを向いて寝ながら、「うーんうーん」って小さくうなってるんです。すごく苦しそうだったので、悪い夢でも見てるのかな?もしかして、寝る前にあんな話になったのが悪かったかも、と思って、起こしてあげようかどうしようかと、そのまましばらく見てたそうです。そしたら、だんだんうなり声がやんで、かわりに寝言を言ったんです。
「どうして・・・」
ぼそりとそう言ったと思ったら、すぐにもういっぺん、
「どうしてわかったの?」
って、とても寝言とは思えない、はっきりとした口調で言ったんです。

まだ向こうを向いているけれど、もう起きたのかなと思って、洋子が「何のこと?すごいうなされてたよ」って言ったら、恵美が突然、布団からむっくりと起きあがったんです。それ見たとたんに、洋子は背筋がゾッと冷たくなって、目を開けたままその姿勢で身動きできなくなったそうです。起きあがって座った恵美の後ろ姿は、ざらりと長い黒髪で背中が半分ぐらいまで隠れてたんです。恵美はうなじが見えるくらいの茶髪のショートカットのはずなのに。それで、白い浴衣みたいなものを着ているんです。 確か寝る前に、洋子のヒョウ柄パジャマを貸してあげたはずなのに。洋子はもう頭がパニック状態でした。これは、恵美じゃない!いやだ、なんで、なんで!!

恵美とすりかわったものは、ゆっくりと振り向きました。見たくないのに、洋子は目をつぶることができないんです。身体が硬直したままガタガタ震えています。電灯を消して、部屋は暗いのに、なぜかそれの姿はやけにはっきり見えます。ゆっくりと振り向いたその顔自体は恵美の顔でした。でも、異常に目がつり上がって、肌は青ざめ、歪んだ口元は、普段の恵美とはぜんぜん違います。まるで誰かの顔とミックスされているみたいな、別人が恵美になりすましているような、そんな感じなんです。抑揚をなくした恵美の声で、「どうしてわかったの・・・」と言うと、冷たくにやっと笑いました。その瞬間、洋子は気が遠くなったそうです。

はっと目覚めたときには、朝になっていました。隣の布団には誰もおらず、パジャマだけが脱ぎ捨てられています。どこにも恵美の姿はありませんでした。恵美の服もバッグもないので、帰ったのかなと思いました。でも、一言の断りもなく帰るなんてヘンだし、また昨夜の恐怖がよみがえってきて、恵美の携帯にかけてみましたが、圏外でした。昼過ぎに何度もかけたけれど、ずっと圏外。夕方、実家に電話したらお母さんがでて、まだ帰ってないとのこと。ますます怖くなった洋子は別の友達に連絡をとって、その夜から三日ほどは、その子の所に泊めてもらったそうです。

結局、恵美は家出人として捜索されることになるのですが、いまだに見つかっていないとのことです。洋子も事情聴取を受けましたが、あの夜のことは、布団に入って寝た、というところまでしか言えません。朝になったらもういなかった、家出するようなことは言っていなかった、とくに親しくしている男性もいなかったし、恵美の行きそうな場所に心当たりもない、彼女は繰り返したそうです。

四日目に洋子が自分の部屋に帰ると、勝手にパソコンが立ち上がっていました。あの夜からぜんぜん触っていなかったのに。恵美と見ていた2ちゃんねるのスレッドが画面には出ています。 洋子は何かに憑かれたように、恵美が指差したあのレスを探しました。でも、どこにもそれらしいものはありませんでした。話の筋は短くて、はっきり覚えているので、あれば見間違うはずないのです。何度もスクロールしてみましたが、見あたりません。

わたしの話はこれだけです。洋子はアパートを引っ越しました。パソコンは友達に売ってしまったそうです。

メールアドレスが公開されることはありません。