小人が運ぶ無数の『虫山車』

俺が高校3年生のとき。1人の友達の親が、茨城の海沿いの地にコテージを買ったというので、その夏、友達6人とそこに遊びに行くことになった。

常磐線からローカル私鉄に乗り継ぎ、駅に降り立つと、駅前の小さなスーパーで5日分の食料を買い込んだ。そして、タクシーで30分ほど走って、ようやくコテージまでたどり着いた。当時その周辺には、商店1軒もないようなところであった。

コテージは10坪にも満たない大きさであったが、俺たちは開放感に包まれ、皆がはしゃいでいた。
到着したのが昼をかなり過ぎていた時間にもかかわらず、早速海に出向いて楽しい時間を過ごした。

2日目も朝から海に行き、夕方クタクタになって戻ってきた。コテージには電話はなかったが、電気は通っており、テレビをつけて皆でぼんやりとテレビを眺めていた。そのとき飛び込んできたのが、日航機123便が御巣鷹山に墜落したニュースであった。ただ、これは記憶に強く残っていたものの、この話とは関係ないのでこれ以上は割愛する。興味深くニュースを見ていた俺たちも、疲れからいつしか寝てしまい、3日目の朝がきた。

その日は朝からだるく、海に出向いたのは昼過ぎであった。そして早めに切り上げて、コテージへと帰った。日が暮れると花火をしたり、近くの森に忍び込んだりして遊んでいたが、じきに飽きてしまい、明日は朝から海に行こうということで、早寝をすることになった。

適当に布団に寝転がり、取り留めのない話をして眠りを誘っていると、一人(Hとしよう)が、「なんか音がしないか?」とつぶやいた。「音なんかしてねえよ」「ああ、聞こえねえな」と2,3人が否定したが、Hは聞こえるといって譲らない。そのうちもう一人(Gとしよう)が、「聞こえる。外で音がする」と言い出した。

「草の上を滑るような音だ」
「おい、脅かすなよ」と言いながら、その他の者は耳を澄ませた。
辺りを静けさが包む。
「聞こえるな・・・確かに」
誰かがポツリと呟いた。この時点では、俺には何も聞こえていない。ただ、かすかな風が草木を揺らす音が聞こえているだけだった。
「まだ、聞こえるのか?」
俺は誰とも無く聞いてみた。
「聞こえる」
そのとき、ドアかその辺りで叩くような鈍い音が聞こえた。全員がびくりとして上半身を起こしたのだから、皆が聞こえたのであろう。
「おい。鍵、閉まってるだろうな!」
慌ててドアの近くに寝ていたやつが確認する。
「閉まってる」
どことなく安堵のため息が漏れた。

泥棒なのか、という疑問があった。当然、誰も似たようなことを思っていただろう。コテージの持ち主であるやつ(Kとしよう)が、どこからか棒切れを出してきた。ドアを叩くような鈍い音はそれっきりしない。しかし、誰にも緊張が走る。
「絶対、なんかが草の上這ってるぞ」
Hが言う。誰かが灯りをつけた。幾らかほっとした空気が流れる。
「おい、誰か見て来いよ」
Kが言う。誰も反応しない。
「テレビつけようぜ」
テレビの画面が明るくなり、音声が聞こえ始める。時刻は0時を回っていた。このまま寝ようという意見に皆が否応無く賛成し、煌々とした部屋で布団に転がった。当時は終夜放送はほとんど行われていなかったが、この夜は前日の飛行機事故の情報を流していて、砂嵐画面は回避できた。音に関することはこのあと誰も口にせず、いつしか眠りについていた。

朝になり外に出てみると、コテージの周りの草が、幅1メートル位に渡って広範囲に倒れていた。しかも倒れた草は白っぽく変色している。いや、変色しているというより、色が抜けたというほうが正しいかと思う。予定を繰り上げて帰ろうか、という気持ちもあったが、迎えのタクシーは明日の昼に来る予定なので、実質最後の日ということもあり、結局泳ぎに行くことになった。前述のとおり電話はなく、当時は携帯もなかったので、連絡を取るためには、1時間近くも歩いた商店に行くしかなかったのである。

その日は生憎と雲が多めだったが、海に行くと昨晩のことなどすっかり忘れ、夕方の5時になるまで、海水浴や時折顔を覗かせる太陽で日光浴を楽しんだ。コテージに戻って、明日の朝食分を除いた食糧を綺麗に片付けた。そのうち日も暮れ、残っていた花火で遊んだりしていたが、皆が相当疲れており、その日はかなり早めであるが、そろそろ休もうということになった。

順番に風呂に入いり、布団を敷いてごろ寝をした。もちろん、電灯はつけたまま。テレビもさして興味あるような番組もやっていなかったが、つけたままにしておいた。取り留めの無い話をしているうち、そろそろ眠りに落ちようかというとき、突然電灯が消えた。コテージの照明は蛍光灯でなく白熱灯だったので、球が切れてもおかしくはないが、間隔をおいて2つある電球が同時に切れたのだ。
「あ!」
同時に声があがった。しかし、テレビは消えていないので、それほど不安は感じられなかった。スイッチを入れ直してみたが電灯はつかない。
「代わりの電球ないのか?」
「ない。買っておけばよかったな」
後の祭りであった。

暗い部屋の中でテレビだけが煌々と光っていた。何故か皆が無口であった。
Hが呟いた。
「また聞こえる」
耳を澄ますと、今度は確かに聞こえた。草の上を何かが滑っているような、転がっているような音が、断続的に聞こえていた。
「おい、テレビのボリューム上げろ」
テレビの音声は大きくなったが、音は何故かはっきりと聞こえていた。人間ではない。誰もがそう思っているに違いなかった。

さらに運が悪いことに、テレビの放送時間が終ってしまった。今と違って、終夜放送はやっていなかったのだ。テレビの画面が砂嵐となり、ザーという単一的な音に変わる。その音は余計に不気味さを感じさせ、結局、無音にすることになった。外からの不可解な音は、止むことなく続いていた。

またしても突然鈍い音が鳴った。それも床の下から。しかも今度は1度だけではなく、不定期な間隔をもって音が鳴った。突然Hが立ち上がり、無言のままドアを開けて外に飛び出した。
「おい!」「どこへ行くんだ」「やめたほうがいい」
口々に叫んだが、Hは振り返りもせずに外へ出て行ってしまった。扉が閉まる音だけが虚しく響いた。

刻々と時間は過ぎていった。Hは戻って来ない。
「様子見に行ったほうがいいんじゃないか?」
そのとき音は鳴り止んでいた。かすかに風の音が聞こえるのみ。懐中電灯を持って、残った5人で外へ出た。ドアから10メートルくらい離れたところにHは座り込んでいた。近づいてみると、彼は何故だか座り込んだまま、頭を左右に小刻みに揺らしていた。2人で両脇を抱え込み、無理やり立たせてコテージに連れ戻したが、彼は何も言わず、ただ頭を揺らし続けていた。
「何があったんだ!?」
「どうしたんだよ」
何を聞いても、ただ頭を揺らし続けるだけだった。気がつけば、外ではまたあの音が聞こえていた。言い知れぬ恐怖が皆を襲った。

「ふざけんな!」
Kは吐き捨てるように言うと、棒切れと懐中電灯を持って外に出て行った。Gと他2人が後を追った。俺ともうひとりは、Hの側についてやることになった。外でKの叫び声があがった。何事か!と思い、俺はもう一人にHの介抱を任せて外に出ようとした。ドアを開けたとき、Gが戻ってきた。顔色は無かった。
「どうしたんだ!?」
Gは答えることもなく、その場にがっくりと座り込んでしまった。俺はたまらず外へと飛び出した。

数メートルいったとき、俺は思わず声をあげた。小さな人間が、2,30センチの小人数人が、山車のようなものをひいている。草の上を小人たちが何かをひいていた。黒いもの・・・異様な光景。小人が何か黒いものを無言で曳き、それに押しつぶされる草が不気味な音を立てていたのだ。その黒いものが無数の虫の死骸と分かったとき、俺の意識は遠のいた。

翌朝、俺はコテージの外壁に寄りかかって座った状態で目がさめた。コテージの玄関の側にはGがいた。すぐ側の草むらの中にKがいた。Kの側に、Kを追って出た2人が座り込んでいた。最後までHを介抱していた1人は、コテージの中にいた。しかし、Hがいなかった。なんとか気を持ち直した5人はHを探そうと、コテージの周りの捜索を始めた。

30分は探したであろう。しかしHは見つからなかった。仕方が無いから警察に届けようと、2人をコテージに残し、俺を含めた3人で、電話のあるところまで歩き始めた。森の側を通ったとき、なにやらガサゴソとした音が聞こえた。もしや!と思い入ってみると、果たしてHがいた。Hは一心不乱に石を積んでいた。

でも、とにかく俺たちは帰ることができた。後でHに話を聞いてみると、森に入って遊んだとき、石が積んであるのを、面白半分に蹴って崩してしまったそうだ。俺たちに声をかけられるまで、Hは正気ではなかったという。気がついたら崩した石を積んでいたと話した。それ以上Hの口からは何も聞くことができなかった。

Hは今も生きてはいるが、人付き合いはほとんどしていないらしい。
以前のHとは正反対の性格になってしまっている。Hは森の封印を解いてしまったのか?

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