最後の挨拶に来た「女性」

今から数年前のこと。その日は泊まりの勤務だった。午後10時頃、ちょっとしたトラブルがあり、部下を連れて現場に向かった。部下に運転を任せ、私は助手席で、対処方策を考えていた。車は片側一車線の堤防道路を快調に飛ばしている。闇の中に微かに光を反射している水面を見るとはなしに見ていると、堤防下から車のヘッドライトが、私の目を射る。不自然な角度の光。私は部下に停車を命じ、車から降り先程の光に向かって歩きはじめた。思った通りであった。
AC

そこには、ハンドル操作を誤り、堤防下に転落した車が一台ヘッドライトを堤防道路の方へ向け停まっていた。状況から判断すると、まだ事故を起こしてから間がない。私は直ぐに運転席のドアを開けた。そこには、助手席に上半身を横たえた女性がいた。「大丈夫ですか?」
私の呼び掛けに全く反応がない。車内に身体を半分入れ込む形で女性の肩をポンポンと叩き「大丈夫ですか。しっかりしてください。」呼び掛けるも、やはり反応はない。

私はルームライトの明かりで女性を観察すると、右足は折れた骨が皮膚を突き破っており、助手席には女性の吐瀉物があった。ショック症状だと判断した私は、シートベルトを外して、その女性を抱え車から出し、草むらの上に寝かせた。部下に大声で救急車を呼ぶように命じ、私は人口呼吸と心臓マッサージに取り掛かった。程なく救急車と警察が到着したため、私は救急隊員に後を任せ、警察の事情聴取に応じた。全てを終え、私は現場に向かい、処理を済ませ、仮眠室で仮眠をとるために布団に横になった。

なかなか寝付けずにいた。あの女性が気になって仕方がなかった。助かって欲しい。私は、ずっとそう考えていた。私が眠りの世界に入りかけた時。妙な感覚で目が覚めた。目を開くと私の足元に、女性が一人立っていた。その女性は、私をじっと見つめ、軽く会釈した。私は、全てを理解した。女性の姿がフッと消えたその時、私の携帯が鳴った。

事故の女性が亡くなった事を知らせる電話が。

メールアドレスが公開されることはありません。