仕事で付き合いのあるMさんから聞いた話。
Mさんは、地方へ出張によく出る。
釣りが趣味のMさんは、その先々で時間を見つけては、
海が近ければ磯へ、山が近ければ渓流へと、釣り糸を垂らしていた。
とある日、たまたま時間が空いたMさんは、土地勘のない出張先にて、
どこかいい釣りのポイントは無いかと地図を眺めていた。
ほどなくして、近くの山に目標を定めたMさんは、車に乗り込み、助手席に地図を広げるとアクセルを踏み込んだ。
特に道に迷うことも無く、目的の山に到着したMさんは、山道を更に奥へと上っていった。
しばらく進むと、山道の右側が斜面、左側が崖の様になっており、その崖下数メートルに川が流れていた。
この辺りにしようか…
道路から外れ、停車すると車を降りた。
耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえてくる。
どこから川まで降りようか…
Mさんは崖に近づいた。
少々雑草やら木々が邪魔しているものの、傾斜は緩やかであり、川まで降りるのはそれほど苦ではなさそうだった。
視線を木々の間に見える渓流へと移したMさんは、ある物を目にした。
少々流れの速い渓流だが、それほど深くは無いのだろう。
直径40~50センチ位の石が、所々に水面から顔を出していた。
岸から2メートル位離れているだろうか?その石の上に、山中には不釣合いなスーツ姿の男性が立っていた。
こんな山の中でスーツに革靴かよ…。
男性は直立し顔を下に向けたまま動かない。
何してるんだ…?
Mさんは足元に気をつけながら少し崖を下り、再び川に目をやり驚いた。
男性はさっきと同じ直立した姿勢だが、立っている石が違う。
先程男性が立っていた石から1メートル程離れた、別の石の上に移動している。
………。
しばらく眺めていると、おそらくは苔等で滑りやすくなっているであろう別の石の上に、俯いたまま男が飛び移った。
しばらくするとまた別の石の上へ…。
あぁ…やばそうだな…。
何度か『そういうもの』に遭遇したことのあるMさんは、
渓流に立つ男性が、この世の人ではないかもしれないと思った。
Mさんは釣りに行く道中、地元の人を見かけると必ず声を掛けるようにしている。
近くに河川があることは調査済みなのだが、あえてこう聞くのだそうだ。
「この辺りに釣りの出来そうな所はありますか?」と。
ほとんどの場合、近くの河川を教えてくれるか、
「川はあるけどそんなに釣れないよ」とか、そんな返答があるのだが、
中には「この辺りにはないねぇ」とか、
「近くにはあるけど…あそこは地元の人でも近よらならいから、よしておいたほうがいいよ」
ということを言われる事がある。
そういった返答の場合、Mさんは余計な詮索はせず、早々に引き上げるようにしているのだそうだ。
そういった忠告を無視して、ろくなことにあったことがない。
今日はこの辺で誰にも会わなかったしなぁ…。
Mさんは石の上を飛び移る男性をしばらく見ていたのだが、諦めて帰路に着いた。