墓場の毛玉

中学生の頃、家が近いのでいつも学校から一緒に帰る友達がいた。ちなみに自分女、友達はユキ(仮)といって幼馴染の女の子。中学から家までは、大体歩いて三十分ぐらいの距離だった。
帰るには色んなコースがあって、今日はこっちから帰ろうとかあっちから帰ろうとか、バリエーションを楽しむのが日課だった。

私とユキは部活も一緒で、その日も部活終わりに二人で帰路についていた。季節は秋で、まだ夕方と呼べる時刻だったはずだけど、辺りは暗くなり始めてた。日が沈んだ直後の、空気が青い時間帯って言ったら分かるかな。いわゆる逢魔が刻ってやつ。その日は数あるコースの中から、墓地に沿った道を選んだ。別に珍しいことではなく、よく通るコースの一つ。左手が階段状に、斜面に沿ってずらっと墓石が並んでる。右手は地元で有名な、某進学高校の長ーい石垣。いつも通る道だし、木が綺麗にはえてて静かないい所なんだよ。不気味だとか、互いに少しも思ってなかったと思う。少なくとも自分はちっとも、墓地だとか意識してなかった。道は墓地の前を百メートルぐらい通る。アスファルトで舗装された綺麗な道路を二人で雑談しながらてくてく歩いてたら、十メートルぐらい向こうの道の真ん中に、黒くて小さい何かがいた。

辺りはもう薄暗いし、はっきりとは見えなかったけど、私は「お、猫がいるー」って言いながら近付いていった。黒猫だと思ったんだよ。地面に、ちょうどそれぐらいの大きさで、かすかに動いてて、ふわふわに見えたんだもん。舌をちっちっと鳴らしながら呼んだのね。「こっちこーい」とか言いながら、しゃがもうとして腰を曲げた。そしたら、ユキが急に後ずさりし始めて、「ねえ、それ、猫?」って言い出した。「へ?猫でしょ」って言いながらすぐ近くまで寄って、覗き込むと、なんと猫じゃなかった。なんか、毛の塊だったんよね。説明が難しいんだけど、真ん中部分を中心にすごい勢いで大量の長い毛が回転してた。で、回転してる毛の流れそのものも、互いが激しくうねりながら絡み合って、とにかく凄まじい運動をしてる、毛の塊だったのよ。それが、ほんのちょっと地面から浮いた状態でふらふら動いてたわけ。

私が呼んだからかどうなのか、塊はふらふらしながら私のほうに寄ってきた。私は慌てて、その回転する毛の塊をジャンプして飛び越えた。ユキは私より一足はやく走り出してて、私も「何あれ!何あれ!何あれ!?」って叫びながらユキを追いかけて走った。

しばらく行って振り返ると、毛の固まりは相変わらずふらふらしながら、道の向こうに遠ざかっていってた。ものすごく動きが遅いからちょっと安心して、「ねえ、もう一回見に行ってみようよ」とワクワクしながらユキに言うと、「やめなよ…もう帰ろう」って、若干引かれながら言われたので諦めた。結局、回転する毛の塊が何だったのかは分からないまま、十年が経つ。

私は書店員として働き始めていたのだが、ある日、雑誌コーナーの整頓をしているとき、客が読みかけのままその辺にばさっと開いて置きっぱなしにしていった雑誌をふと見て、思わず「うお!」と叫んでいた。確かティーン雑誌だったと思うんだが、夏の妖怪特集だか何だかで、水木しげるがイラストつきで妖怪を紹介するコーナーが載っていて、そこにいたんだよ。例のあの、回転する毛の塊がイラストで。

仕事中なのを忘れて、私は雑誌を取り上げて食い入るように見詰めた。残念ながら、妖怪の名前は忘れてしまったが、水木先生による短い解説文は今でもよく覚えてる。『墓場に出る、死んだ女の髪が妖怪化したもの。地面に近い辺りをふわふわと飛んで移動する。墓場の掃除人などの足元からとりつき、とりついた者の気分を悪くさせたりする』すごく…地味です…。その日、帰ってからすぐユキに電話して教えたら、やっぱり『地味だなー…』って言ってた。

ユキとは今でも時々会うとあの日見た妖怪の話になる。あれから何度か、一人で夕暮れ時にあの墓地沿いの道に行ってみたけど、一度も見れなかった。

妖怪っているんだな。でもきっと、心が汚れた大人には見れない仕様になってるんだろうな、と思ってます。

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