知り合いの女性から聞いた、不思議で怖い話をしよう。
彼女の父方の実家は、産女(うぶめ)の伝説が色濃く残っている集落なのだという。「産女(うぶめ)」は妊婦の妖怪で、妊娠したまま母子共に亡くなった場合や、お産の際に母子が命を落とした際、それら親子が「うぶめ」になると考えられてきた。産女(うぶめ)は橋のたもとや、集落の辻々、夜のトイレ(昔の民家は便所が母屋から離れていた場合が多いので)に現れ、出くわした人間に自分の子を抱いてほしいと頼むらしい。
言い伝えは様々あるが、その集落では、うぶめから赤ん坊を抱いてほしいと頼まれたら、決して断ってはならない、とされている。断ったらその場で命を落とす。そして預かった赤ん坊は、うぶめが満足するまで抱き続けなければならない。途中で落としたり、おろしたりしても命を取られるのだ。
昔の人たちは、さぞ恐ろしく思ったことだろう。妖怪なんて・・・と、鼻で笑う連中もいたろうが、閉鎖的な山村独特の、のどかで、静かで、人と自然と異界との境がハッキリしない環境では、妖怪たちは常に身近な存在だったハズ。そう言えば、田舎の古い民家には、そこかしこにお札が貼られていたり、時代の定かでない石仏が祀られている。
彼女の母親が嫁ぎ先の実家に初めて挨拶に行った時、住まいのそこかしこに祀られたお札や仏や神様が、ひどく印象に残った。都会の団地で育った彼女の母親にとって、薄暗い日本の古民家をとりまくそれらは、田舎の人たちの信心深さを感じさせるというより、とても奇妙で、薄気味悪いものに感じられた。
家に祀られている神様や、仏様の世話を取り仕切っていたのはおばあさんだった。彼女の義理の祖母になる人で、毎朝、神棚や石仏や石神様に供え物をし、周囲を綺麗に掃除して、一日の無事を祈る。特にトイレ掃除は念入りで、屋外にある汲み取り式のトイレとはいえ、いつもピカピカだった。
・・・このあたりの便所には「うぶめ」が出るからね。「うぶめ」ってのは母親と赤ん坊のお化けで、幽霊みたいなもんさ。この世に無事に生まれてこられなかった赤ん坊と、無事に産めなかった母親の、可哀想なお化けだよ。そんな「うぶめ」が出る場所だから、特に便所は綺麗にしてやらないと、可哀想だろう。おばあさんは、よくそう言ったという。
彼女の母親が嫁いでから十数年経った時、そのおばあさんが老衰で亡くなった。葬式の手伝いに田舎へ出向くと、大勢の親族が集まっていた。親族の女性たちは葬式の準備で慌ただしく立ち回っており、彼女の母親も不慣れながらに手伝った。通夜が終わり、葬式が終わると、近所の人たちが棺桶を担って山の中腹にある墓地へと出発した。当時は土葬が一般的な時代。一人の人間の埋葬には大勢の人たちが当たり前のように関わっていた。近所の男衆に担われた棺桶を先頭に、親族や、生前親しくしていた人たちが、蟻の行列のように細い山道を上がって行った。
通夜や葬式の間中、お茶や食事の世話に追われていた女性たちもみんな墓地に向かう中、彼女の母親は留守番を言いつけられた。遅れてやってくる弔問客がいるかもしれないから、家に残ってくれ、と頼まれたのだ。1人で家に残っていた彼女の母親が、洗い物をしようと忙しくしていた時だ。赤ちゃんを抱いた女の人が訪ねてきた。女の人は家の中がガランと静かなのを知り、皆さん、もう墓場に行ってしまったんですね、と残念そうに言った。
おばあさんには生前とてもお世話になったので、ぜひお見送りをしたくて来たんですが・・・お墓は山の中なので、この子を連れて行ったのでは埋葬に間に合いません。わたしが戻るまで、この子を抱いててもらってもいいですか?女性に頼まれ、彼女の母親は快く赤ん坊を預かったのだが・・・埋葬に行った人たちは中々帰ってこない。やがて赤ん坊がむずがりだし、子育て経験のない彼女は、その子を泣かせまいと懸命にあやし続けた。
皆が墓場から戻ってきたのは、それから二時間も後のことだったろうか。庭に出て、景色を見せながら赤ん坊をあやしている彼女を見て、親族の者はどうしたことかと訝った。真っ先に声に出して言ったのは、姑だった。あんた、なんでそんなものを?
その瞬間だ。抱いていた赤ん坊が突然石のように重くなり、彼女はハッと我に返った。腕に抱いてあやしていたのは、その家の水神様だったのだ。家の裏手に祀られているはずの石の水神様を、彼女は後生大事に抱いてあやしていたのだった。あの時は恥ずかしくって・・・彼女の母親は、よくそう言ったという。
嫁さんが真昼間から狐にでも化かされて、水神様を抱いて歩いていたって、親戚中の笑いものになるしね。わたしに赤ん坊を預けた女の人は、結局誰も知らなかったし。怖いというより、本当に恥ずかしくって。お父さんにも笑われるし、新盆でまた親戚中が集まることを考えると、気が滅入るばかりでね。けど、新盆の時には良い土産話を持って行けたから、そのことで笑われることはなかったよ。
実は、そんなことがあった後すぐに、彼女の母親は身ごもったのだ。結婚して十数年、子供に恵まれずにいた彼女の両親。不妊治療に多額の金をかけたが、妊娠する様子は一向になかった。子供を産めないというのは、当時、女性にとってひどく肩身の狭いこと。それが、幸福が降ってわいたように子供を授かり、立て続けに三人の子供を産んだ。
知り合いの女性は言う。わたしは、産女(うぶめ)に授けられた子供らしいですよ。曾おばあちゃんが産女(うぶめ)の為に死ぬまでトイレを綺麗にしてくれたから、産女(うぶめ)が恩返しをしてくれたのかもしれない・・・親戚の間では、そういう話になっているみたいです。
おとぎ話のような、怖い話。
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ジッサイ、子獲鳥が満足するまで赤ん坊を抱いていることが出来たので大力を授かった武士や力士の話がある
この話とあわせて考えるとこれは多分、武士や力士には大力、彼女の母親は子供を授かったことから
当人の望みがかなうのだと思う。