先月のこと。
依然、波打つ東北道を下って岩手県某市に入った。下仁田ねぎと玉蒟蒻を手土産に引提げての帰省となる。さて、IC近辺を通過して実家から十分圏内の地点まで来た。IC近辺~駅を繋ぐ直線道路は開発が進んでいるが、この辺りは田園が広がる。ここで山に入る訳であるが、照明は少なく、曇天のために月明りも期待出来ない。ハイビームに切替え(たような気がする)、狭く蛇行する山道を進む。
すると、赤提灯が見えた。他家の爺様が道楽ではじめた屋台だと確信した。通過する際、更に速度を落としつ窓を開け「○○さん、○○です。お変わりないようですね」と挨拶を投げた。屋根から垂れる暖簾の下からは、四~六本の足が見えていたように思う。
返事は無かった。話し声もせず、何かを煮詰めている音が聞こえた。あらん、と再度呼掛けようとしたが、違和感を感じ脇を見やった。果して赤提灯に照らされた白地の幟が立っており「人間様 お断り」の文字、黒々と染め抜かれて不気味に泳いでいて「やだ怖い」と、梨の礫である屋台前から急発進で脱出した。
帰省をはたして晩めの夕餉を囲いつ「○○さん、何かあったか」と訊ねたが「元気にしている」とのこと。翌日挨拶に行ったところ「毎週、木曜だけは屋台出すから、来てくれな」豆腐屋を経営されている○○さん、きらずを一袋、私に投げて寄越す。木曜日とは、今日である。「あ、そうでしたか。昨晩、ちょっと気になったんですよ」 と言うと「うん。おれも歳だから、木曜だけ」とのこと。
人間様と言うからにはやっぱり狸とか、そんな類なのかな。あの爺さんも狸面だし、俺が担がれただけかも知らんが。