知り合いの話。彼の祖父はかつて猟師をしていたという。遊びに行った折に、色々と興味深い話を聞かせてくれた。
「ビッキ沢。そう猟師内で呼ばれてた沢があるんだ。ビッキってのは蛙のことだよ。そこで野営してた夜に、妙なモノと出会したんだ。火の前で鉄砲の手入れしてたら、繁みン中からノソズリ這い出てきた物がある。てっきり何かのヨツ(獣)かと思って見てたから、正体がわかった時は大層驚いた。でっけえ灰色をした蛙だったんだ」
「うちで昔飼ってたシロほどもあったかな。ああいや、シロってのは紀州犬の名前なんだがね。だもんだから、しばらくポカンと口開けて見てたわい」
「こいつがまた蛙の癖して偉そうに、長老でございって感じで白い髭をたっぷりと生やしとったんだ。“何だコリャ。どことなく学のありそうな顔してるじゃねえか”とつまらん思いを浮かべてると、いきなり口開いて『何してるんかね?』と喋りやがった。蛙の喋りとは思えんほど、実に滑らかによ」
「“こりゃ普通の蛙じゃねえ!迂闊にビビッた所は見せられんぞ” 少し焦りながらそんなことを考えたわいの」
「『鉄砲の手入れさね』取りあえずそう返したところ、『鉄砲と言うのか。何する物かねそれは?』とこう尋ねてきたモンだから、『こっからよ、鉄と火を噴いてシシ(猪)を倒すのサ』って答えた。ま、半分脅しも兼ねてな」
「『鉄と火か。それは嫌だな。うん、実に嫌だ』蛙はそう答えやがった。まぁ何とかに小便って言うくらいで、蛙の面なんかとても表情読めねえからな。本当に嫌がってるのかどうかはわからんかったが。『怖いな。うん、実に怖い。退散するとしよう』その言葉を最後に、繁みにノソッと戻っていったよ」
それでどうなりました? と先を促すと、
「どうもこうも、それでこの話はお終いだよ。ま、敢えて言やぁ、“なるほどここはビッキ沢って呼ばれる訳だ・・・”って納得したぐらいだな」聞いて呆れた私だった。