小学生の頃の体験談。実家(祖母の家)の農具とかをしまってある木造の物置に、兄弟で探検しに行った。一階は古い農具なんかが占めてて、よくおばあちゃんの蔵整理を見てたから見知ってたんだが、ある日二階が気になって、弟を連れて電気もない物置の二階に、板の隙間から漏れる光だけを頼りに上って行った。二階には畳まれた鯉のぼりやひな人形、あとは神事で使うような鈴、祭りの提灯など、行事で使う小物が収められているようだった。どこを見ても、ほこりが積もって湿気で固まったような黒い煤で真っ黒だった。
降りようとした俺たちの背後から不意にノックの音がした。え、と思って振り、弟も釣られて振り返る。二人でしばし固まる。またノックの音。急かすようでもない弱弱しい音に、特に恐怖も感じず音のする壁に近づくと、ドアらしきものがあった。まるで壁の一部の様に枠もノブもないドアで、寸法の合う木の板をただはめた様にも見えるが、床には何かが擦れた跡が弧を描いていて、その板が開閉するものなのは間違いなさそうだった。
ノックの音がまたなって、意を決した俺は恐る恐るノックを返すと、今度は心持さっきよりも強くノックされたように聞こえた。「人がいるのか?」と思った俺がもう一度ノックをすると、返事をするようなタイミングで板の向こうからノック。焦った俺は、物置は外から錠の下りてたのに人が居るわけなかろう、という当然の事にも気づかないで、戸惑う弟に無理やり祖母を呼びに向かわせた。ノックの主が泥棒だとか、ましてやイタチや猫なんて発想が全くなく、何とかして開けて出してやらねばという気持ちに駆られて、恐らく内に開くであろうドアをガンガン奥に蹴った。ノブが無いのでしょうがなかった。築二世紀近いおんぼろの物置はガタガタ言うのだが、ドアは蹴破られる様子がなく、その間もノックが断続的に続いて、助けを求められてるような切羽詰まった気持ちになった俺は、足がだめなら膝で 膝でだめなら肩でと、ついに扉に体当たりをする形になり、木材同士の強い摩擦音と一緒に、ドアが少しずつ奥に沈んでいった。ひと際強く体当たりして、開いた小さい隙間から光が漏れた。
奥はまた小さい物置かなんかだと思った俺は途端に違和感に気づいて、一歩引いて扉を見た。ちょうど扉の周りを光の線が囲んでいる。『物置の二階に何故か外に続く扉があり、外からノックがある』という異常な事態に気づいた俺は、急にノックの音が怖くなった。すると後ろから怒鳴り声がして心臓が止まりそうになった。祖母が急すぎる階段に、床板から顔だけを出す形で俺を怒鳴っていた。俺はひとまず扉から離れるために、訝し気な祖母の横を急いで一階に下りた。二階の物に触っちゃいかんよ、上がってもいかん、と怒られた後、先ほどの話を(やや大げさに)すると、あそこは扉だってとっくにないし、イタチも猫も居るからね、とだけ返された。
物置の暗い雰囲気と打って変わって真昼の陽気に、先ほどの恐怖を忘れた俺は、気味悪がっている弟をまた無理やり連れて物置の裏、ちょうど扉があった位置の裏側を確認しようと思った。立地のせいなんだが、物置の裏に回るのが少し面倒で、隣接した小池の外をぐるっと回り、椿の生け垣の下をくぐって、金木犀の低木の隙間を縫うようにして、当時の子供の感覚としてはちょっとした冒険の末、物置の裏にたどり着いた。
ここに来たのは初めてで、他にも広い庭のせいか起伏の激しい立地のせいか、こういう『初めて来るところ』みたいなのが庭の中にあった。物置の裏を確認した俺は、ああなるほどと納得した。物置の裏手には、いつ取り外されたかもわからない階段の跡が壁に見て取れた。とすると二階の扉は、階段から行き来するための物だったのだろう。もし勢い余ってドアを突き破り、あそこから落ちたかと思うと少しゾッとしたが、ノックの音だって今思えば、それこそイタチかキツツキか(この地方にいるのかは知らないが)だったかもしれないのに、随分と騒ぎ立ててしまったなとすこし恥ずかしく思った。
恥ずかしまぎれに 人のするノックに聞こえたよなあ、ノック返されたし、なんて言っていると、終始気味悪そうだった弟がますます嫌な顔をして、「だから気味悪いこと言うなって・・・ノックの音がするって言うから俺耳澄ましてたのに、俺にはなんにも聞こえなかったよ」と言われ、物置の中の恐怖がまたスッと寄ってきたような気になった俺たちは、急いでその場から離れた。
もう20年も前の話。
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面白かった。しかし、長文ながら読みやすい文章だね。