井戸から見つかった一房の髪

これは昔の炭鉱であった話だそうです。祖父から聞いた話なので、細かい部分には間違いがあるかもしれません。私が子供の頃この話を聞いたときは怖かったし、今思うとどこの炭鉱でもあったのかもしれない、と思う話です。




私の祖父は炭鉱で働いていました。炭鉱での作業は危険を伴うものですが、昔はより一層死と隣り合わせ、命がけの仕事だったそうです。もちろん今でも炭鉱に限らず、トンネル工事も似たように危険な仕事です。稀にニュースにもなることがありますよね。炭鉱の仕事にはランクのようなものがあり、危険な作業であるほど給料が高くなるシステムだと言います。危険な作業とは、より深い場所で奥に潜って炭鉱を採掘する作業のことです。

いつ穴が崩れるかわからず、どこから危険なガスがでてくるかわからない。もし坑道内で火災が起きれば、奥地に置き去りにされてしまいます。炭鉱の人々は、深い穴の奥地でその危険を承知で石炭を掘るのです。万が一、もしも事故があったなら助かることはあまりありませんでした。祖父が現役だったのは今から50年以上昔のことなので、救助したくても助ける技術もありません。坑道でトラブルが起きれば、助けることは困難でした。

そんなリスクを負って坑道の奥地で作業する人たちには、一つのルールがあったそうです。それは、何か事故があって生きて戻ることができないと思ったら「髪を一房切る」のだそうです。閉じ込められた人々は輪になって座り、切った髪が残された家族に届くことを願うのだと聞きました(髪を切る理由は少々曖昧な記憶なので、別に理由があるのかもしれません)。

そうして亡くなった方々は、坑道がふさがれてしまうと遺体すら見つかることもありません。坑道の内部の酸素がなくなると窒息して亡くなりますし、火事が起きていたのなら焼け死んでしまうのです。遺体が見つかる時は、みなが輪になって座った状態で発見されると聞きました。そして発見された時の姿で、その人がどんなに苦しんだかわかるのだと言われました。それだけでも想像すると恐ろしく、そして辛いです。

この話を聞いたときは、安易に悲しいとか言ってしまったらいけないと思ったことを覚えています。生活のために、そんな危険な場所に赴き働く人々もいたと思うと、考えさせられます。私の祖父は危険な区域の作業はしていなかったので、犠牲になることはありませんでした。
でも祖父が炭鉱にいた頃には、このような事故が数回あったという話です。

この話にはもう少し続きがあります。炭鉱に閉じ込められた人々は髪を切ると書きましたが…。祖父は炭鉱近くの井戸から、髪の毛が見つかったことがあると言っていました。推測ではありますが、炭鉱の奥で亡くなった人の髪が何かの理由で地下の水脈に入り、井戸水の中から出てきたのではないでしょうか。それはいつ何処で起こった事故の、誰の髪の毛かもわかりません。髪の毛は供養されることになりますが、誰のものかわからないので家族のところに届くことはありません。炭鉱の事故で亡くなった家族がいる方は、その髪が「もしかしたら父のものかもしれない、夫のものかもしれない」と思いながら供養したのだそうです。

当時中学生だった私にとって、実感がない話ではありますがとても怖かった記憶があります。
今でもトンネル事故などの話を聞くと、ふとこの話を思い出します。

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