変わったサービスのある民宿

私は趣味で写真を撮っています。主に風景ばかりで、休みが取れた時は各地を回っているのですが、その時に宿泊した民宿での体験です。
その日、九州の方に行っていたのですが、天候が悪くあまり良い写真も撮れず、夕方には民宿に戻っていました。民宿の方はとても良い人で、持て成しも良く大変満足していました。夕食を頂き、部屋でビール片手に裏庭から広がる景色を眺めていました(夜には天候は良くなってました)。

すると、後ろから「スッ」と障子が開く音がしました。振り向くいても誰も居らず、障子が開いていました。そこにはお盆に湯呑みが置いてありました。ノック等が無かったのが不思議でしたが、民宿の方の気遣いだと思いました。しかし湯呑みを手に取るとお茶ではなく、ただお湯が入っているだけでした。不思議に思いましたが、気にせず湯呑みのお湯を飲み干し、お風呂に入りに行きました。

外と中の両方にお風呂があり、どうせならと外の檜風呂で風景を見ながらゆったりしていると、またも後ろから「コトッ」という何かを置く音がしました。振り向くとまた誰も居らず、お盆に湯呑みが置いてあるだけでした。やはり湯呑みの中身はただのお湯でした。民宿のサービスにしては何か珍しいなと思っていました。水が自慢とかそんなの聞いた事はないし、腑に落ちない点はありましたが、気遣いは気遣い。郷に入っては郷に従えと気にせず、湯呑みのお湯を飲み干しお風呂を後にしました。

次の日が早かった私は早くに床に就きました。夜中にトイレに目を覚ました私は、寝ぼけ眼を擦りながら障子を開けようとしました。その時、足に何か当たり、その当たった物が倒れました。湯呑みでした。しかも一つだけではなく、床に十個以上は無造作に置かれていました。流石にこれは普通ではないと気味が悪くなり、トイレに行くのをやめ布団に包まっていましたが、何かを置くような音が止むことはありませんでした。

朝、明るくなると同時に布団から出て、障子の方を見ると湯呑みは明らかに数を増していました。朝一で民宿を経営している夫婦に湯呑みの件を問い質したところ、夫婦はこう話してくれました。夫婦には一人息子がいたらしいのですが、そのお子さんを去年亡くしたらしいのです。少し障害を持っていたらしく、民宿の手伝いを出来るような感じではなかったようです。とても心優しかったお子さんは、それでも手伝いたいと言ってお茶くみをしていたらしいです。しかし障害があり、お茶葉を入れ忘れる事も多々あり、時々お客様からクレームも来ていたようで、それを聞いたお子さんは親が怒られたと手伝いをやめてしまいました。

その後に事は起きたようでした。お子さんはする事もなくフラフラしていると、裏庭の先の崖から転落してしまったのです。すぐ病院に運ばれましたが、全身を強く打っており、そのまま息を引き取ったようでした。最後にとても喋れる状態ではないお子さんが、夫婦にこう言っていたと聞きました。「ごめんね、僕、何も出来なくて、ごめんね」と。夫婦は「息子が今も家に居て、手伝ってくれてるのかもしれませんね」と語ってくれました。

私はお仏壇に向かい「お茶美味しかったよ。ありがとうね」と言い、民宿を後にしました。その後は特に何も無く、私にとっては生涯でただ一度であろう洒落にならない程に怖く、悲しい体験でした。駄文でしたが、見て下さった皆様、ありがとうございます。

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