その池は人工池で、はじめは水不足に悩まされた農民を哀れに思って、弘法大師が小さな池を指導して作ったという、歴史ある池なんです。
年代ごとに改修をして、最近ではかなり堤の高い大きな池になっています。
その池の周辺には隣の街に行く近道があって、車も昼間はポツポツ通るのですが、夜になると人はもちろん車もめったに通りません。くねくねとしたみちで、池沿いにそって曲がりくねっている道なのです。離合をするのにも難儀するような道ですが、私は仕事が遅くなると時々その道を通って帰っていました。
あるとき会社で食事をしながら、その道の話をしているとある女性が涙ぐみながら「頼むからその道だけは夜通るのは止めて」と言って泣き出さんばかりに頼まれました。若かったわたしはそんなお願いを話半分で聞いていて、臆病風に吹かれたほら話くらいにしか思っていませんでした。
ところがその女性が言うには、あるときその池の改修で水を抜くと、何人かの死体や車が沈んでいたのだそうで、近くに有る町内で弔いを毎年しているのだそうです。あまりの真剣さに、まさかと思いながらも「分かったもう通らない」と言いましたが、ある晩遅くなったとき早く帰りたい一心でそこを通って帰宅しました。
暗闇を走っていると、いきなり木の上からどさっと、松の腐ったような落ち葉が一度に落ちてきて、目の前が一瞬見えなくなり池に飛び込みそうになり、前輪は池に向かって片方が脱輪をしていました。驚きと恐さで、自分でもびっくりするほどの悲鳴を上げましたが、回りは死ぬほど静かでした。そしてやっと通りかかった車の人に手伝ってもらって帰りましたが、もうその後は時速20kmくらいのノロノロ運転で必死に帰りました。
泣くほど真剣に言ってくれたあの女性は、果たして心配して言ってくれたのか、それとも怨念でも感じていたのでしょうか…。今でもあの道は恐くて、二度と通ることが出来ません。