今からちょうど10年前、私がまだ大学生だった頃のことです。当時、私には一つ年下の彼女がいました。彼女は霊感の強い子で、それまでにもさまざまな体験をしていました。妙な音を聞く、街中でおかしな人影を見る、金縛りにもよくあっていたようです。特に嫌な場所(彼女が言うには、空気がよどんでいるらしい)の側に行くだけで、頭が痛くなるほどでした。その日、いつものように僕は彼女の家に泊まりに行っていました。場所は渋谷区笹塚にあるワンルームマンションで、甲州街道を渡り、商店街を抜けて左に折れて、しばらく行った所にある白い建物です。わずか4畳半ほどの狭い部屋で、入り口を入ると左側にキッチン、右側にはユニットバスという、よくある間取りです。部屋には窓が二つありました。一つはバルコニーに面した大きな窓、そしてもう一つ、問題の小さな窓が左側の壁面、エアコンの真下に、ちょうど人の胸の高さのところにありました。その日はいつもより早く就寝し、大きな窓に添うように置いてあるベッドで二人寝ていました。時間は覚えていません。僕はふと目が覚めたのです。頭の上にある窓とエアコンの辺りから、パシン、パシンと何度か音が聞こえており、その音で目覚めたのでした。妙な目覚めの良さで、頭がすっきりしていたことを覚えています。季節は冬ということもあり、部屋の内装の乾燥による音だと思って、しばらくエアコンを見つめていました。
それが起きたのは、次の音が鳴り響いた時です。突然、隣に寝ていた彼女が「ううぇ」と何度も唸りはじめ、体を硬直させ、全身震え始めたのでした。悪い夢にうなされているのだと思い、すぐさま彼女を起こそうと、僕は彼女の体を揺り動かしました。彼女は虚ろな、どこにも焦点のあっていないような目で天井を見つめたまま、こう言い始めたのです。「おぉ、女の、中年の女の声が・・・。『お前の子供が6才になったら、海で溺れ死にさせてやる』」僕はなぜかとっさに思いました。さっき自分の聞いた音は、乾燥による建材の音ではなく、ラップ音なのだと。訳もわからず僕は彼女を抱き寄せて、お腹の中で叫んだのでした。ただ頭の中にあったのは、テレビで聞いた『声魂』でした。霊に襲われそうになった時、声にならずとも腹の底から叫べば霊を追い払う事ができる、というものでした。「彼女のところに来るんじゃない!来るのなら俺のところへ来てみろ!」2度ほど叫んだと記憶しています。2度目を言い終わったと同時に、最後の音が同じ窓のところから響きました。「パシンッ」次の瞬間、彼女がこう言ったのです。「女が『クソッ、チクショウ』って言った・・・」
彼女はこの部屋に越してきてから何度か妙な体験をしており、僕にはそれを話していなかったのです。霊の通り道というのをどこかで聞いたことがありましたが、何度か彼女はそれをこの部屋の中で体験していたのでした。霊感の強い人間と一緒にいると、影響されるとも聞きます。それまでの僕には、こうした体験は一度もありませんでした。興味深いのは、彼女が1ヶ月ほど前に見てもらった占いのなかで、「あなたの彼は、あなたを救う星の位置にあります」と言われていたことです。現在、その白いマンションはまだ存在しています。