私が住む地域には、物心ついた時から教えられる決まり事がある。一つは、川で遊んでいて人間の指の生えた生き物を見つけたら、すぐ大人に知らせること。二つ目は、それが見つかったら、その夜から一週間は家の戸をすべて雨戸まで締め切ったり窓を塞いだりして、一切外が見えないようにして寝ること。夜だけ。子供はいつも以上に早く寝床に就かなければならず、部屋の外に出るのも許されない。その期間内の夜中にもよおしたら、念のため用意して置いてある容器などに部屋の中で用を足さなければならない。二つ目のようにしなければならないのは、近くの或る山からそれが降りてくるから。それは、わさわざ害をなすことはないが、人が見ると魂が吸われてしまい、植物のように生きることになる。
神様でもなければ魔物でもない、ただそこに棲んでいる怪異のようなもので、名前はなく、付けてもいけないという。あやふやなものに名前を付け、おそれを持って人が呼べば、悪いものになりかねないからだそうだ。それが降りてくる数日前に合図のように、山のふもとにある川の或る特定の範囲で人間の指が生えた生き物が見つかる。見逃しそうなものだけど、なぜか必ず誰かが見つけて知らせるようになっている。地域の人間も気を付けて、大体の時期が来れば見つけるように尽力するけれど、それが人間に見つかるように合図を送っているんだろう。
数年に一度、うっかりだったり故意にだったり、それを見てしまう人がいる。もぬけの殻になってしまったその人達は、地域のお寺に隔離される。それからどうなるかはわからない。私はそれの声を聞いたことがある。幼い頃に、そんな話は嘘だと言って外に出ようとした従兄の横で。引き戸を少し開けたところで彼はそれを見たのだろう。私は完全に引き戸のカゲにいて見ることはなかった。羽虫の羽音を集めて甲高い男の声にしたような声だった。