『龍が昇る滝』のある特殊な地形の山へ行った

竜が昇る滝として、地元では知られていた。テレビの取材が来たこともあるらしい。両側がきわどく切り立ったV字形の谷底が、一気に駆け上がるように急傾斜をなし、一旦、傾斜がゆるんで谷の幅が広がった所から、もう一度切り立ったようになっている場所だった。確かに、竜が運動代わりに空へのぼるくらいのことは起こりそうな、そんな雰囲気のある場所だった。訪れるのは初めてだったが、来る前の想像よりもずっと荘厳な場所だった。寒さが厳しくなり始める頃で、数週間以内には、沢が人を拒むようになる。

幸い、宗教的な禁忌などはないので、俺たちは沢筋を存分に楽しみ、山中で一泊してから、麓の集落まで戻る林道を歩いていた。山へ向かう軽トラックとすれ違う際、運転手の男性が声をかけてきた。一昨日、集落に一軒だけの小料理屋で飲んでいた男だった。沢登りに来たことは、俺たちの誰かが話したのだろう。運転手は煙草をふかしながら、今朝、竜が昇ったぞと、そう言った。俺たちは無論、見ていない。上機嫌な運転手の笑顔を乗せ、軽トラックは山へ行ってしまった。

その夜、例の小料理屋に、やはりその男はいた。天気がよければ朝、川原から竜が見えるだろうと言われ、食事を済ませた俺たちは店を出て、川原にテントを張った。結局、ほとんど寝ずに夜明けを待った。空が明るみ、空が色を変える中、あの滝のあたりから一筋、煙が空へ伸び始めた。煙はすぐに濃さを増し、狼煙のようになった。わずかに揺らぐように不安定に形を変えるそれは、確かにぴいっと空へ昇る竜に違いなかった。時折、きらっと光るのは木の葉か何かだろう。

V字形の谷が急激に立ち上がる、あの地形が上昇気流を生み、雲をこうした形で吹き上げるのだろうが、そんな解釈はどうでもよかった。ぽかんと口をあけ、すげえなあ、などと言っているうちに、竜は、空に吸い込まれるように消えた。

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