数年前、某県にある山での話。
俺は当時食べ歩きを目的とした大学サークルに入っていて、一月に一回くらいのペースで美味いって評判の店なんかを巡ってた。普段行くところはだいたい県内だったけど、長期休暇なんかには泊まりで遠出とかもしてたわけだ。
ある夏休みのこと。先輩の一人が「なあ、俺の田舎に知る人ぞ知るって感じの所があるらしいんだけど、行ってみないか?」と言い出した。先輩の話では、ある山奥に有機栽培をしている農家が集まって出来た村みたいなものがあって、その村では取れたての野菜を使って食事をさせてもらえたりするらしい。で、先輩のお目当てはそこで売られている手作りのパン。親戚がそこに行ったときのお土産としてもらったんだけど、物凄く美味しかったらしい。
「たまにはそんなのもいいかも」ってことで、休みに入ってすぐに皆でそこに向かった。山奥とはいっても最寄の駅から2時間ほど歩けば着くらしい。「腹が減ってた方が飯が美味いしな」なんて言いながら、ハイキング気分で皆と歩き出した。夏のじりじりとした暑さの中、蝉の声を聞きながら俺たちは山を登って行った。
1時間程した頃、道の向こうに人影が見えた。「村の人かな?」「すいませーん、ちょっといいですかー?」俺達が声をかけると、その人はにこにこしながらこっちに歩いてきた。頭をつるつるに剃り上げたおじさんで、山仕事のためなのだろう。夏だというのに厚手の長袖を着ていた。これも山仕事で鍛えられたのであろう筋肉のついた身体が、服の上からでも見て取れた。
「俺達○○村に行きたいんですけど、こっちの方でいいんですよね?」先輩がそう声をかけると、おじさんはにこにこしながらうなずいた。日焼けして浅黒い肌に、鼻の頭が赤くなっている。「よかったー。実は俺達、その村のパンを食べに・・・」ここまで言った時だった。そのおじさんは、いきなり自分の頭を拳で叩き割った。
どろり、と流れ出る中身。その色が真っ黒だったのを、俺はなぜか冷静に観察していた。他の奴らも何が起こったかよく認識できていないようで、皆そのまま立ち尽くしていた。だが、そのおじさんが頭の破片を手に持ち、崩れた顔でにこにこしながらこちらに差し出してきた時に誰かがやっと悲鳴を上げた。「ギャーーーーッ!!」その声をきっかけに俺達は一斉に逃げ出した。数メートル走ったところで振り返ると、後輩が一人まだあのおじさんの前に立ちすくんでいる。おじさんは頭の破片をそいつの口元に近づけ・・・。「馬鹿!逃げるぞ!」俺は急いでそいつの所まで戻ると、手を引っ張って山道を駆け下りた。
その後駅まで戻って話を聞いたんだが、その山では何の事件も起こってないし、幽霊が出る噂なんかもないという話だった。逆に山菜採りかなにかで迷った人が近くの村や町で見つかるということが何件かあり、「あの山には神様がいる」「山の神様に助けられたんだ」なんて話があるくらいだとか。 俺達は釈然としなかったがその村に行く気も失せてしまったので、駅前の食堂で飯を食べるとその地を後にした。
帰りの電車で、あの時立ちすくんでいた後輩が突然話し出した。
「あの時、俺動けなかったんじゃないんですよ。カメラ持ってたんで、写真撮ってやろうと思って・・・。」・・・なんとも肝っ玉の太い奴だ。 「多分ちゃんと撮れたと思うんで、帰ったら家ですぐ現像してみますね」(こいつは写真が趣味で、家に簡単な暗室があった。)そう言って別れたのだが、それが生きている彼を見た最後だった。
彼は暗室の中で死んでいたのを家族に発見された。死因は心臓発作だったが、どうも例の写真を現像中だったらしい。発見された死体は現像した写真を握り締めていたそうだ。その写真だが、遺族が怖がるんで、俺が引き取ったんだけど・・・。
・・・写ってたよ。バッチリ。自分の頭の破片差し出しながらにこにこしてるおじさんがさ。正直燃やしてしまおうかとも思ったけど、なんだか処分してしまうのも怖くて未だに手元にある・・・。
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あんぱんまん?