京都のとある寺で幽霊掛け軸を見た時から

就職して4年目の春、日帰りで京都に出張に出された。1人出張も初めてなら、京都も初めて。緊張しながらも予定よりかなり早く仕事が終わり、京都駅に向かおうとタクシーを拾うと、中年の運転手が「ちょうと通り道だから、○○寺を見てったらどうですか」と誘う。寺には興味なかったが、運転手があまりしつこいので寄ってもらうことにした。人気のない住宅地にある小さな陰気臭い寺で、参拝客は1人もなく、寺の人間を見た記憶もないから、参拝料を取らない寺だったのかもしれない。内部は仄暗い部屋がいくつも連なっているだけで、とくに見るべきものもなく、どんどん奥へ進むと、一番奥の和室の床の間に幽霊の掛け軸がかけてあった。目玉をギョロッとむいた地獄の餓鬼のような立ち姿の幽霊で、一瞬あぜんと掛け軸と向き合ったが、気味が悪いので早々に寺を立ち去った。

ところが、その数日後から突然激しい吐き気や目眩に襲われるようになり、診察券でトランプができるほど病院を回ったが、まったく原因が分からない。24時間ひどい船酔いをしているような気分の悪さで飯も食えず、夜も眠れず、極度の睡眠不足から幻覚・幻聴に悩まされるようになり、当然会社もリタイア。それから3年間は入退院を繰り返し、いくら調べても病名が分からないので、精神的にも相当参って、何かの祟りじゃないかとさえ考えるようになった。体重は40キロ近くまで落ちて(身長168センチ)、トイレにも這って行くほど体力を失い、白い病院着を着て鏡に映った姿などは、あの幽霊画そっくりだと自分でもゾッとした。

今ではすっかり健康を取り戻したが、当時のことを振り返ると、あの運転手は死神だったんじゃないかという気がすることがある。京都なら他にいくらでも観光客向きの美しい場所があるだろうに、無名で無気味な幽霊寺に強引に客を誘い込むことなんてあるんだろうか。寺の名前は忘れてしまった……記憶にある幽霊画で検索すれば名前が出て来るかもしれないが、ググる気になれない。あれ以来、自分にとって京都は不吉で近寄りたくない町になってる。

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