友人の話。山中のケモノ道を一人たどっていると、見えない何かに顔をぶつけ、こけてしまった。幸いにも硬い物ではなかったようで、ケガは負っていない。身を起こして確認してみたが、目の前の空間にはやはり何も認められなかった。「一体何にぶつかったんだ?」と不審に思いながら、手を前方に伸ばしてみた。すると、そこには何もないはずなのに、暖かくて柔らかい感触が返ってきた。驚きながらなで回したところ、目には見えないが、透明な人型の何かがそこにある。背丈は彼と同じくらい。まるで空気が人の形に固まっているみたいで、何も動かず、何の反応も示さない。
なおもそれを触っていると、いきなり背後から何かが「ドンッ」とぶつかってきた。思わずよろめいて前方に踏み出すと、すっぽりと件の人型空間にはまり込んでしまう。そのとたん、全身が硬直した。金縛りに遭ったかのように、身動き一つ出来なくなる。悲鳴を上げることもかなわずに突っ立っていると、後ろから何かが触れてきた。何者かが彼の身体を、恐る恐るなで回していた。
やがて金縛りは解け、身体が自由に動かせるようになった。あわてて背後に目をやったが、やはり誰の姿も見えない。足早にそこから逃げだし、ふもとに着くまで足を休めなかったという。