知り合いの男性から聞いた体験談。彼はテレビ局下請けの番組制作会社で旅番組を作るプロデューサーをやっていた。仮にDさんとする。そのDさんが、某所に良い感じの秘湯があると情報を得て、一人で下見のロケハンに行ったときのことだ。
現地でガイドの男性の運転する車に乗り、山奥にある秘湯に向かった。かなりの山奥まで車で行ったあとは、車を停めて、さらに徒歩で山の中へ進むのだけど、入り口には鳥居が立っていたそう。ケモノ道のような山道を1時間半ほど登り、秘湯にたどり着いた。湯が出ているまわりは、登山家たちの有志によって枠が作られ、緑の木々に囲まれた露天風呂のようになっていた。タレントさんが来れば良い画になりそうだと満足していたところ、そのそばに川の流れる音。ガイドの話では、近くに川が流れていて、さらに上流には滝もあるという。しかし、滝まで行くには道がなく、川の脇のかなり危険な崖を登って木々の間を抜けるしかないらしい。Dさんはそれでも、番組で使えるインサート映像が撮れるんじゃないかとガイドをともなって登っていった。
数十分登ったところで、木々の間から数メートルほど先に滝が見えてきた。そう大きな滝ではなかったが、滝下には自然に囲まれた滝つぼがあり、神秘な感じをかもし出していた。そこは滅多に人が訪れるような場所ではないのに、滝つぼの中に動く人の姿があった。よく見るとそれは20歳前後の美しい女性で、しかも全裸で水浴びをしていた。木漏れ日を浴びてキラキラ光る濡れた肌は透き通るような白さで、まるでこの世のものではない、森の中の妖精のようにさえ感じた。
気付かれないように木の間からそっと覗き込みつつ、Dさんは撮影用のカメラを滝つぼに向け撮影しだした。隣りでガイドの男性も息を飲んでその光景を見つめていた。時間のたつのも忘れるくらいの数分ほどが過ぎた時、滝つぼで泳ぐ美女は、Dさんたちの気配に気付いたようなそぶりを見せた。Dさんたちも盗撮してたようでマズイと感じ、身を隠すように後ずさりして、そのままその場から離れた。やがてケモノ道を下り、停めてあった車の場所まで戻り、山を下りて、旧民家を改造した民宿の見学、その他の予定のロケハンを済ませ帰路についた。
さて、会社に帰ってビデオをチェックしていて、あの滝つぼの録画部分を見て驚いた。滝と滝つぼだけで、そこにはあの美女がまったく写っていないのだ。よく見ると、滝つぼの水面を一匹の白い蛇が優雅に泳いでいるだけだった。Dさんは、あの滝つぼでの出来事のあと、車の中でガイドの男性が話していたことが気になっていた。ガイドが言うには、あの辺りの伝承で似たような話があるらしい。その昔、山を越えようと道に迷った行商人が滝のそばで野宿をしていたとき、一人の美しい女が現れた。一晩中もてなしをしてくれ、気がつくと朝になっていて、そばに一匹の白蛇が見ていた、という話が残ってるのだそう。
その後、結局この旅番組は没になり、あの場所を再び訪れることもなかった。でもDさんは、あの滝つぼの全裸美女をもういちど見ることが出来ないかと思い、時おり、残されたあのビデオを見返しているのだという。