【山のドライブ】狸と狐のガソリンスタンド

山をいくつも越え、目指す宿まで、あと少し。ガソリンスタンドがあり、そばに「この先スタンドありません。」という看板があった。以前、北海道で似たような看板を見たことがある。「この先50キロ スタンドありません。」しかしその先、数キロおきにガソリンスタンドがあった。

そんなことを思い出しながら、ガソリンスタンドへ車を入れた。店員は、初老の男が一人。例の看板について、話しかけてみた。この先、実はガソリンスタンドがあるのではないかと。
「もしあったとしたら、そりゃ狐ですよ。ばかされますよ。」
妙に不機嫌に、そう言った。ガソリンスタンドを出て数分。本当に次のガソリンスタンドがあった。やっぱりかと愉快な気持ちになり、また車を入れた。

若い男の店員に満タンかと聞かれ、洗車を頼んだ。車を洗う店員に、先ほどのスタンドの話をした。
「あっちじゃ、ここを狐のスタンドだって言ってたよ」
「信じないでしょうけど、あれは狸のスタンドですよ」
きっと、ばかされてるはずだと言い切った。

車に乗り、キーをひねった。燃料計の針は、半分あたりを指している。給油したはずなのに、増えていない。
「やられましたね」
店員は呑気に笑っている。この山の上にある宿まで行くのだと話すと、少し考えるような顔をして言った。
「ムジナがやってるって噂がありますよ」
仕方なく給油し、宿に着いてから燃料計を見ると、増えていない。一日で狐と狸の両方にやられたかと、笑いが浮かんだ。

宿は施設も従業員も、食事も申し分なかった。
「ここがムジナの宿だって言われたよ」
風呂上りにそう言うと、えっ、と従業員が向き直ったが、同時に宿が空と木々に姿を変えた。俺は、車の横に立っていた。アナグマが、丸い背の、荒い毛並みを見せながら笹の間に姿を消した。アナグマが、かさこそと音を立てた。しばらくそれを聞き、俺は車に乗った。道だけは、本物だった。

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