とある深夜の駅舎にて蹲るモノはひどい獣臭がした

大学生の時の実話。夏休みになると、よく旅に出てた。海外とか、自分探しとかそんな崇高なもんじゃなくて。18切符で知らない街まで行ってソバ食べて、風呂入って、土産買って帰って来るそんなレベル。世紀末のようやくインターネットが普及しだした時代、携帯じゃなくてポケベルが最高の装備品、これから向かう先の情報なんかも調べる方法が無くて基本的にいつもノープラン、ネットカフェに泊れるのはまともな方でしばしば駅で野宿してた。

でもって、ある年の夏の日、関東某県のローカル線の終電に乗ってた俺は終点の一つ手前の駅で降りた。降りたのは俺一人、なんで降りたのかって言えば駅名に魅かれたから、ただそれだけ。終点の次の方が知名度もあるし大きな駅であることは想像できたんだけど、もうこの時点で駅寝だと腹はくくってた。結果的にこの判断がこれから始まる恐怖の一夜の始まりだったんだけどな。




人里離れた無人駅、の割には駅舎は結構立派で一晩過ごすのは問題無かった。民家一軒無いので当然商店も無いんだけど、自動販売機もあるし清潔感のあるトイレもある。そして嬉しいことに徒歩で歩いて行ける範囲に野天風呂の看板があった。夕方に一度別の駅の近くの温泉に入ってたけど行かない理由も無いのでその風呂に向かう。温泉街の外れの山道を登ると雑木林の真ん中にポツンと佇む小さな風呂と屋根、
料金箱に小銭を入れてミニランタンを頼りに夜の風呂に浸かってた。そうしてのんびりしてたんだけど急に風が冷たくなった、霊が…とかじゃないからな。

こりゃ雨になるなあと感じた俺はさっさと着替えると、再び麓の駅に向かう。ポツポツと降り出した雨が駅に着くと同時に豪雨になってまさに危機一髪、俺冴えてるじゃん、と自画自賛しながら駅舎の中のベンチに荷物を下ろして、ベンチに横になった。舎内は暗かったけど、ホームを照らす明かりが改札越しに射しこんで荷造りには特に困らなかった。愛用の寝袋を出してそれに包まる、ミニ目覚ましの時間を始発前1時間にセットして眠りに着いた。そん時な、初めて気がついたんだよ、駅舎内の違和感に、自分の物と異なる獣臭、暗闇に目が慣れてきて俺の目に映ったのは駅舎の隅で膝を抱えて蹲る男の姿だった…。

心臓がどきんと跳ね上がるのを歯を喰いしばって抑え込む。外はさっきから降り始めた豪雨、なんか遠くで雷も鳴り始めてる感じ。俺、駅に入ってから結構ドタンバタンしてましたよね?ずっとそこで黙って見てたんですか?ドキドキしながらその男の様子を見る。膝を抱えて体育座り、眠ったように顔を伏せてるので表情は解らない。チノパンに襟付きのシャツを着てて、俺よりまともな身なりに見えた。無造作にセットしたような髪と太目の体躯はピクリとも動かない、て言うか寝息一つ聞こえない。遭遇して1分も経ってませんがこの辺で感じてましたよ、あれ、こいつ死んでるんじゃね?って。

「ぉ‐ぃ…」おそるおそる小声で声をかけてみる。反応無し…。
パン!いきなり拍手。反応無し…。
意を決す、さっきセットしたばかりのミニ目覚ましのアラームを現在の時刻にセットする。
ジリリリリリリ!!。反応無し…。
決定、こいつ死んでるわ…。

電車がついた時には駅舎に電灯もついていたんでこの男がいなかったのは間違いない、つまり俺が湯に浸かりに行ってた間にこうなったわけだ。問題なのはこれが事件なのか事故なのか…、駅の外に公衆電話があったのを思い出してとりあえず警察を呼ぼうと考える俺。しかし万が一この男が本当に寝てるだけだったら失礼なわけで…、大きく足を踏み鳴らしながら男に近付く。んでもって顔を覗き込む、見なきゃ良かった…、口から涎みたいに血を流してるよ…。いや、それでもと思いなおして腕に触れてみる、冷たいよ!堅いよ!死後硬直してますよ!死亡確認ですよ!

外に行こうと扉に手をかけた、その瞬間ふと考えた、あれ、ここで警察呼ぶと俺が第一発見者だよね?そしたら色々面倒なんじゃね?事情聴取されたり、下手したら犯人扱いされちまったり…。少し考えよう…、思い直してベンチに座り直す俺。とりあえず寝袋その他を再びリュックに詰め直す。電車を降りてから、今現在までのアリバイを考える、誰にも会ってねーよ!いや、こいつに会ってるか…。いや待て、事故と言う可能性も、俺みたいに雨から身を守ろうとして駅舎に逃げ込んで座ってたら死んじゃいました♪的な…。再び男に近付いてミニランタンをつける俺、うわぁ、首に痕が付いてますよ…、なんか縛ったような…。事件確定、もうやだ…。

とりあえず自分の身の潔白を示す上手い方法を思いついたら警察を呼ぼう、それがその時の俺の心理だった。事件ならすぐに警察呼べよと思うし、死亡時間分かればアリバイなんていくらでも証明できそうな気もするけど、その時はそこまで頭が回らなかった。下手に拘束されるとバイト行けなくなるなぁ、むしろそんな心配してましたよ。考えても考えてもメダパニる俺、その時な、俺の中の悪魔が囁いたんだ、逃げちゃえよ、と。死んだ男は赤の他人、俺と縁もゆかりも無い土地、ていうか俺実際無罪、凄く魅力的な提案だった。元々乗っていた電車の終着駅まで歩こう、朝には着くはずだ。

そう思って扉に手をかけた時、雷鳴が聞こえた、ああそう言えば外は大雨でした…。再びベンチに腰を下ろす俺、死体とこのまま一晩過ごそうか、明け方に雨があがったら脱出しようか、そんなことをもやもやと考えながらボーっとしてた。そしたらな、なんとなく臭って来るんだよ、男の臭い、死臭って言うやつ。なんかやだなぁと感じる。ホームのベンチに座ってようかと改札をくぐる。そしたら向かいのホームに待合室が見えた、こいつはラッキー、と階段を上って向かいのホームの待合室へ。電気は消えてたけど、ベンチに座布団とか敷いてあって想像以上に快適な空間だった。あの死体が無ければここで朝まで寝てるのに…、マジでそう考える俺がいた。

気がついたら寝てた、がっつり寝てた。外はまだ真っ暗なんだけど、業種によっては明け方と呼んでも差し支えないような時刻。 雨はすっかりあがって都会では見られないきれいな星空が見えてた。うわぁやべぇ、と感じつつ橋梁を渡って駅舎に戻る。なるべく死体を見ないように駅から脱出しよう、そう考えながら改札をくぐる、そしたら死体が消えていた。瞬間蟷螂拳のようなポーズで戦闘態勢に入る俺。
死体が動き出した?実は生きてた?完全にパニックに陥った俺。何をどうしていいか分からず、その瞬間大声で叫んだ、ワー!!とか、ウオー!!とかそんな感じ。んでもってベンチに腰を下ろす。

ゼーゼーと息を切らしてたのが落ち着いて、それから頭が少しずつ冷えていった。男が座っていた辺りを調べる、シミみたいのがついてた、血?涎?何とも言えない。室内の臭いをかいでみる、その時に気がついた。昨夜は感じなかった臭いが混じってる、たぶん煙草の臭い、それもまだそれほど時間が経ってない新鮮な感じ。灰皿も見てみたけど、濁った水に何本も吸い殻が入っていてよく解らんかった。ベンチに座り直し、俺なりに考えてみた。男は実は生きていた、ぐっすり眠って、起きた後に煙草を1本吸って去って行った。うん、一番理想的な結論だ。

でも多分違う。死体の監察なんてしたこと無いけど多分あれは死んでたと思う、じゃあ真実は何か?誰かが男の死体を夜の駅に隠した、俺が離れの待合室で寝てる間にその誰かが回収した、煙草はその誰かが吸っていた。おそらくこんな感じなんじゃないかと思う。そう考えるとぞっとした、もしも駅舎に留まっていたら、その誰かと遭遇してたわけだ。DQN?ヤクザ?外国人?いずれにしてもかなりの確率で殺人犯なわけだ。雨の中、夜道を隣駅まで歩いていたら?それもそれで危ない感じがする、その誰かが放っておかない気がする。ほんの些細な偶然が重なって、結果的に一番安全な場所に身を隠していた、その時はそう思った。

結局始発までその駅にいた。始発の30分くらい前、駅に入って来たよぼよぼのお婆さんがどれほど心強く見えたことか…。昨晩知らない人が死んでましたとよく解らん通報をするわけにもいかず、俺の中では無かったこととして処理されている。地元に戻ってから毎日YAHOOでその地方のニュースを検索したが該当した事件は確認されなかった。10年以上の月日が流れて記憶もだいぶ風化してるけど、キャンプや野宿をすると思いだす時がある。何度か夢にも出てきた、雷鳴が轟く駅、眠っている俺、待合室に男が現れる、叫びながら逃げる、そんな感じ。当時すぐに通報すれば、防犯カメラの画像なんかで解決したかもしれない、そう思うこともある。しかし、まああれだ、あれは俺の妄想だった、あるいは夢だった、ということにしといて下さい。

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