妖怪・怪異・八百万の神々

鹿児島を走っていた汽車

昔、母ちゃんと車で出かけた時に、「今日はどこかで運動会でもやってるのかねぇ」て唐突に話しかけてきたんよ。
俺は、何いってんだ?て思いつつ、適当に「どうだろうね~」なんて答えてたんだ。

その日の夜は親戚が集まってばあちゃんの家でワイワイやってたんだけど、「今日ここに来るときに『ワーッ」て大勢の人が騒いでる声を聞いたんだけど、どこかで運動会でもあったのかね?」
て母ちゃんがみんなに聞いたんだ。
つっても今は夏休みだし、運動会をやるような場所は近くに小学校があるくらいで、もちろんそこで運動会もやってない。(というか俺が通ってる学校だったから、何か行事があれば親も知ってるはず)
母ちゃんは相当気になってるのか「おかしいねぇ、おかしいねぇ」て繰り返すもんだから、詳しく話を聞いてみたんだ。
母ちゃんが言うには、婆ちゃんちに向かってる途中、少し小高い丘になってる所の横を通った時に、大勢の人が「ワァーッ!」て騒いでる声が聞こえて、その日は人が集まるような行事があるなんて聞いてないし、声もただならない感じの叫び声だったから、ずっとおかしいと思ってたらしい。




親戚の人達も行事があるなんて心当たりもなかったから首をひねってたら、普段無口な婆ちゃんがポツリポツリ語り出した。
「昔あの辺に汽車が通っちょってね。そん頃にそがぁし人が乗って走った時があったんよ。いつも人が一杯で窓から乗り出したり、色んな所に掴まったんまま乗っちょったから、坂道ん時に汽車が登れんごなってね。途中で逆に下り始めて、そん時人が騒いで飛び降りたり押されて落ちたいして、人が何人かけ死んだのよ」
婆ちゃんが言うには、戦前、母ちゃんが声を聞いた場所のあたりで、汽車が乗客の重さに耐えられなくて山を逆走して、その時パニックになった乗客の何人かが落ちて亡くなったらしい。
母ちゃんが聞いたのは、多分その時パニックになった乗客の声だろうってさ。
これ見てる人もうすうすわかってると思うけど、その日はお盆だったからさ。
婆ちゃんはそれ以上何も言わなかったし、そこにいた親戚もちょっと引いちゃってその日はお開きになったんだ。

親はみんな家に帰って、俺は従妹たちと次の日みんなで遊ぶ予定だったから婆ちゃんちに泊まったんだ。
そんで布団に入って少ししたら、玄関にドンドンッ!て何かぶつかる音がして、俺は、何だろう?誰か忘れ物でもしたのかな?て思って、玄関に向かおうとしたら婆ちゃんが、「猪がきたねぇ…噛まれたら危ないから絶対に出たらいかんよ。そのうちどこか行くから、出たらいかんよ」て見に行くのも止められてさ。

次の日、起きてから見に行ったら、ススみたいな黒い物が手形みたいに玄関に沢山ついてた。
猪が鼻とか前足で押して砂がついただけなんだろうって思うようにしたけど、それ、母ちゃんが帰るときに通った玄関にだけしかついてなくて、他の場所には一切ついてなかった。

婆ちゃんはもういないし、今となっては本当なのかどうかわからないんだけど、
あの時外に出てたら何が起こってたんだろうって今でもぞっとする…
ちなみに場所は、鹿児島の隼人町って所の話。