妖怪・怪異・八百万の神々

山に変なやつがいた

曾祖母さんから聞いた。

曾祖母さんが子供の頃、曾祖母さんの実家の近くの山に変なやつがいた。目がギョロッと大きく眉も睫も髪もない。太っているのだがブヨブヨしていなくて、顔も体もツルツルのっぺりしている。いつも全裸で肌は青白い。ちんこはついていなかったが女にも見えない。まるで魚みたいな印象なので、曾祖母さん達はそいつを魚のおっちゃんと呼んでいた。


魚のおっちゃんのことは、曾祖母さんと曾祖母さんの兄貴だけの秘密だった。魚のおっちゃんのことを奇形のようなものだと考えていたので、おっちゃんを見せ物にしないためだ。魚のおっちゃんは、曾祖母さん達によくきのこをくれたし、曾祖母さん達が怪我をすると悲しそうにする。だから、優しいやつなんだろうと考えていたらしい 。

魚のおっちゃんは絶対喋らなくて、表情はだいたいいつも無表情だが、大雨や洪水の前だけ、大きな岩の前に来て岩を睨み、「うぅ うぅ うぅ」と唸った。

ある日も曾祖母さんは、魚のおっちゃんが唸るのを見かけた。大雨が来ると思って曾祖母さん達はあわてた。だが何も天災はなくて、かわりにお喋りで口が悪いガキが、魚のおっちゃんの噂を流しはじめた。そいつは異形じみたおっちゃんの姿まで正確に噂にしていて、そのせいか噂はしばらく笑いのネタにされて、すぐ消えた。

噂が嘘じゃないと知ってるのは、曾祖母さん達だけだったはず。曾祖母さん達は噂を知って、すぐ魚のおっちゃんのところに行った。だがおっちゃんはいなかった。毎日おっちゃんを探したが、大雨の前に岩の前で唸ったりもなかった。魚のおっちゃんはいなくなってしまった。

曾祖母さんが最後に魚のおっちゃんを見た時、魚のおっちゃんはいつもはじっと岩の前で唸るだけなのに、そのときは曾祖母さんをはっきり見た。そして両手で自分の顔を覆ったそうだ。曾祖母さんには、それがまるで泣いているように見えたという。