妖怪・怪異・八百万の神々

市松人形が欲しい

私がまだ十代のころの話。




ある日突然、市松人形が欲しくなった。もう欲しくて欲しくてたまらない。白い着物に赤い帯、紅はほんのり紅い、市松人形がなんとしてでも欲しい。それでお店のお客に手当たり次第情報を求めた。何処で売ってて、オーダーで作れるか、幾ら位するか。などなど、どうにかして手に入れようとした。

何日か過ぎた頃、お店の女性客にこう言われた。「それ本当に貴方がほしいの?」???!目から鱗が落ちた。そうだ、私、何で人形なんか欲しいんだろ。しかも市松人形。すると、それまでなんとしてでも欲しかった人形が、欲しくも何とも無くなった。ただその話をしている間中、お客の後ろで市松人形が私を睨んでいた。

それが現実なのか目の錯覚なのか自分に自信をもてず、その事を忘れた。私は結婚、出産、離婚と色々あり、五年ほどが過ぎた。離婚し実家に戻った私に、姉と姉の友人が訪ねてきた。昔話をして楽しんでいる最中、姉の友人が話を始めた。「そういえばあの時、貴方が住んでいた家の近くに橋があったよね?」

そう、私がその時住んでいた家の近くに小さな橋があった。別にこれといってなんてことない小さな橋。ただ私はあまり好きじゃなかった。
姉の友人は続けてこう言った。「私ね、あそこの橋で女の子を見たよ。それがおかっぱ頭の着物着た子だった」姉の友人は、よくこの世じゃない世界の人を目撃する人だった。

私は鮮明に記憶が甦った。忘れてた市松人形……。恐かったけど私は聞いた。「その子白い着物に紅い帯してなかった?」「そうそう何で知ってるの?けっこう恐かったよ。顔が突然ブワァッて大きくって、こっちに寄ってきて」私は間違いないと確信した。

あの時私が突然欲しくなり、店の女性客に「貴方の意志じゃない」と指摘され、恨めしげに私を睨み消えたあの市松人形だ。あの橋を渡る時、私に憑いてきたのだろう。そして自分が入る体が欲しくなり、私に用意させようとした。けれど不覚にも女性客のたった一言で、私や周囲にきづかれた。

だからあんなに恨めしげだったんだ。なぜ市松人形が突然欲しくなり、たった一言で欲しく無くなり、なぜ恨めしげに私を睨んだのか。五年後に分かった体験だった。