妖怪・怪異・八百万の神々

「自分の首」を抱えた登山者を見た話

これは1987年の2月末から3月にかけての山行での話です。中央線沿線の山に登る人にはポピュラーな23:50(うろ憶えです)新宿発の各停に乗り塩山で下車、少しの距離をタクシーに乗りある山の登山口に着きました。明るくなると同時に山に入り、30分くらいしか歩いていない地点でのことでした。まだ薄暗いなか、2名の下りて来た人を見て私たち3人は凍りつきました。

堅牢な登山靴・ツーイードらしいニッカ・その下から覗く赤いソックス・チェックのネルシャツという真冬にしては少し軽装備ではありましたが、彼等の服装は山中で違和感のないものでした。しかし彼等2人は自分の首(と思われる・あるべき場所に首はなし)を小脇に抱えて歩いているのです。何秒か後には私たちに見向きもせず(もっとも見向く顔がありませんが)、私たちの横をしっかりとした足どりで通り過ぎて行きました。

リーダーの「振り向くな!」の声を無視して彼らの後姿を見てみると、彼等は少し前に流行ったフレーム付きのザックを背負っていました。脇の下から覗く首には(胴体と繋がっていたであろう部分の意味での首・顔の部分は多分下向きに抱えていました)出血はありませんでした。私は、彼等が木々の間に隠れて見えなくなるまで、何の感情も無く見送っていたのを憶えています。雪(風花かも)が少しだけ舞っていました。