ぬっぺふほふ

文化時代の随筆『一宵話』より。
1609年(慶長14年)、駿府城の中庭に、肉塊のような者が現れた。形は小児のようで、手はあるが指はなく、肉人とでもいうべきものだった。警戒の厳しい城内に入り込む者は妖怪の類であろうと思われたが、捕まえようにもすばやく動いて捕まえられない。当時の駿府城に住んでいた徳川家康が、その者を外へ追い出すよう命じたため、家来たちは捕獲をあきらめて城から山のほうへと追い出した。
後にこの話を聞いた薬学に詳しい者は、それは中国の古書にある「封(ほう)」というもので、白澤図にも記載があり、この肉を食べれば多力を得る仙薬になったと口惜しがったという。

ぬっぺふほふは、洒落本『新吾左出放題盲牛』に「ぬっぺっぽうといふ化けもの有り。目もなく耳も無く」とあり、のっぺらぼうの一種と見られている。見た目やイメージに反して素早いようである。紫水文庫所蔵の古写絵本に「ぬっべっほう」という妖怪が描かれており、「古いヒキガエルが化けたものとも、狐狸の類ともいう」とある。この「ぬっべっほう」の絵は、「皺の多い琉球芋に短い四肢を配したやうな化物」と表現されている。
昭和・平成以降の文献によっては、ぬっぺふほふは廃寺などに現れる妖怪などと記述されている。

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